ごあいさつ

ご無沙汰しております、中央ゼミナールの人文系指導スタッフおかわりです。
2024年3月で中央ゼミナールが閉校となるに伴い、このブログもこれにておしまいとなります。
次年度以降編入試験や大学院試験に挑戦される受験生の皆さん、頑張ってください!
お手伝いすることはできませんが陰ながら応援しています!
それではこれにて失礼いたします。

 

「研究テーマ」を決める その2――どこに注目してノートをとろう?

ご無沙汰しております、しらのです。

文系3年次の編入試験は佳境に入ってまいりました。2年次志望の方は、逆にそろそろギアを上げはじめている時期でしょうか。

今回はそんな中で、再度志望理由書関連になりますが、「テーマ設定の自己検証」を主題としたいと思います。二つ前の記事で「研究テーマ」について第一弾の記事がありましたが(https://www.chuo-seminar.ac.jp/blog/literature/?p=992)、(3) の「ノートを作る」の作業中ではいくどかテーマを設定し直すということもざらにあります。今回は「多神教と寛容の関係」を素材として、「ノートを作る」方針を一緒に考えていきましょう。

 

国際基督教大学の森本あんり先生が、昨年2月に「「日本人は多神教だから寛容」通説は本当なのか」(https://toyokeizai.net/articles/-/409378)というテーマで記事を書かれています(記事内にもあるように、正確には先生の著書『不寛容論』の抜粋記事になります)が、このテーマで論じるには「何を調べればよいか」を考え、そして追体験することが、「ノートを作る」方針を考える上での好材料となるでしょう。この記事をある程度下敷きにして、議論を進めていきます。

 

①「多神教→寛容」など、事実関係を統計資料などから調べる

やや社会科学寄りの分析になりますが、やはりまず気になるのは「「日本人は寛容」という命題自体は事実か」ということです。判定基準がなかなか難しいですが、上記事ですでに触れられている堀江宗正先生の分析のように「世界価値(観)調査」(En: https://www.worldvaluessurvey.org/wvs.jsp)など、研究機関や行政機関の調査・資料で通説の裏づけになるものがないかを探してみる、というのは重要です。私たちの通説や直感が、つねに事実と整合的であるとは限らないからです。

とはいえ、もちろん堀江先生の分析はあくまで「宗教的寛容」について結論を出しているだけなので、これだけで日本人の「寛容」度についてなにか確定的なことがわかるわけではありません。このケースでは「自分が明らかにしたい事実」と「調査・資料から明らかになる事実」の整合性や距離を、しっかり測ることが求められます。

 

②「寛容」など、言葉が実際に意味する内容にこだわり比較してみる

①の最後の話とも関わってきますが、時には言葉の意味を掘り下げることも重要です。

たとえば、「多神教」が示す寛容さと、「日本人は寛容」と言うときの寛容さは、果たして同じものなのか。日本の多神教的かつ異種混淆的な性質を示す事例として有名なのは七福神ですが、恵比寿様以外の六神は海外の神が日本の神様としてカスタマイズされたものです。日本の神様になったと言っても出身国での神格が消えたわけではなく、どちらかというと「カレーライス」や「ラーメン」など、異文化の料理がジャパナイズされる事態と似ています。

しかし「日本人は寛容」と言うときは、森本先生も同様のことを指摘されていますが「異なる文化や出自の人に対して争わないようにする」という風に、たいていは異文化の人が「ジャパナイズ」されることは想定されておらず、むしろ「異なる」こと自体が重視されるでしょう。私たちが「寛容」を説くとき、相手に「カレーライス」のようになってほしいとは思っていないはずです。

こうしてみると、二つの「寛容」がどこまで、どのような点で似ている/違っているのかを検討する作業も、馬鹿にはできません。

 

③「多神教」の根拠となる、原典を参照してみる

もう一つアプローチが考えられます。それは、「多神教」と、通説により暗に批判対象とされている「一神教」という区別が寛容を論じるのに有効なのか、原典を踏まえて考えてみることです。基本的には、「多神教」とは一神教で言うところの唯一神がたくさんいる、という事態を指しているのか、つまりは、一神教の「神」と多神教の「神」が比較可能なものなのか、という疑問が以上の問いの根幹をなしています。森本先生が指摘されるようにそもそも多神教の定義自体が難しいという問題もありますが、ひとまず軽く分析してみましょう。

まず多神教とされる神道において、神典とされる書物の一つである古事記を紐解いてみましょう。上巻の中ほどには、有名な「天岩戸」の物語が記されています。簡単に要約すると、太陽神である天照大御神が、弟である須佐之男命(スサノオノミコト)の度重なる狼藉に恐れをなして天岩戸にこもったことで、天地がともに真っ暗になってしまいます。そこで八百万の神が天岩戸の前に集結し、真っ暗な中でにぎやかな騒ぎを起こして、天照大御神に怪訝に思わせます。そこで外を覗いた大御神を中から連れ出して光を取り戻し、事なきを得る、といった次第です。

騒ぎの中心にいた天宇受賣命(アメノウズメノミコト)は大御神とのやりとりの中で、「あなた様よりも尊き神がいらっしゃったので、にぎやかにしているのです」と(うその理由を)答えています。こうしたことからも、日本の神々の中に役割分担、そして上下関係があることが見て取れます。天照大御神はしばしば「主神」「皇祖神」とも呼ばれますが、八百万の神が集まらねばならなかったくらい格の違う神様が描かれているということは、特筆に値することでしょう。

翻って一神教であるキリスト教の聖書などを開いてみたときには、神は唯一神しか認められないものの、天使や悪魔など神以外の「霊的存在」も多数存在することに注目すべきでしょう。もちろん信仰上では、「崇拝対象になるか」という点で大きな違いはあるかもしれません。しかし、『詩編』などで示唆される各人に寄り添う守護天使の存在などを考えてみるに、その存在が多神教の神々と比較可能ではないか、という問いは無視できないものです。主神をいただく神道と、唯一神以外の霊的存在も認めるキリスト教との間に、私たちがふだん想定しているほどの違いがあるのかは、再考の余地があるように思えます。

このように「神やそれに類した存在」についてイメージだけで語ることのないよう、原典に当たって「どのように描かれているか」を確かめることも、有効な手段なのです。

 

以上、「統計資料の確認」「言葉の意味内容に関する具体例の検討と比較」「原典の参照」、この三つが「テーマの再検証」にあたって重要であることを示してきました。今回は「多神教だから寛容」という通説を素材としましたが、もちろんみなさんが何気なく建てるテーマに関しても同じことが言えるわけです。

上記の行程を行ないながらノートをとっていけば、みなさんのテーマがより地に足のついたものとなり、志望理由も充実したものとなるはずです。「自分の関心について掘り下げ、調べてみること」が、面接官にとっても説得力のある志望理由を提示するカギの一つと言えます。

 

余談ですが、私は多様性について考えるとき、最近「ハコの中の多様性」というイメージをしばしば思い浮かべます。私たちが多様性について何がしかを問題にするときには、本当は多様性そのものではなく、多様性を受け入れている/いない、その社会的土台について問うている、ということです。

とはいえ、その「ハコ」がなければ多様性というものは実現しません。キャパシティの問題だったり社会通念の問題だったりで、受け入れには自ずと制限がかけられます。だからこそ、寛容にしろ多様性にしろとりあげられるときには、その「ハコ」のあり方が問われているのだと、そういう意識が必要でしょう。

そうした考えからすると、「多神教」という粗雑な枠組みに日本の「寛容」の姿勢を押し込めてしまうことには、あまり益がないと結論づけられます。

志望校の選び方――2023年度 明治大学文学部 2年次編入の募集学科に事寄せて

人文系歴史系スタッフのsusacです。今回は明治大学を題材に志望校の考え方についてお話したいと思います。 

 

つい先日令和5年度(2023年度)の明治大学の募集要項が明治大学のHPにアップされ衝撃を受けた方も多いのではないかと思います。というのも、例年募集してきた文学部史学地理学科の日本史学専攻が今年度は、学生を募集しないことが判明したからです。明治の日本史学専攻を狙って勉強してきた方もいらっしゃると思いますので、当校にも激震が走りました。 

 

Q:それでは、日本史関連の勉強をするために明治に編入学を行うという選択肢は完全に潰えてしまったのでしょうか? 

 

 

A:結論を申し上げればNOです。 

日本史学専攻が募集を今年(今年のみと祈りたい)止めたからといって、明治に編入して日本史関連の勉強をするという選択肢が消え去ったわけではありません。 

 

 

なぜなら、明治大学には幅広い勉強を行うことのできる文学部文芸メディア専攻なる専攻が存在するからです。 

 

一見しただけではイマイチピンと来ないこの学部ですが、この学部に在籍している先生を見てみると、日本近世の小説史の研究をしている先生や、文化史・メディアの社会史の研究をしている先生がいるではありませんか。 

 

筆者は近代史が専門なので、適切な例かはわかりませんが日本近世の小説というと、『里見八犬伝』などでしょうか。文化史・メディア史の研究をしている先生は、1930年代なども研究しているようなので、昭和期のメディア(ラジオ、新聞、映画)と当時の政治なども研究できそうですね。 

ここではあくまで明治の例を挙げましたが、実は文学部の史学科以外にも案外歴史の研究ができる学部学科は存在します。実は法学部などにも歴史の先生は結構な割合で在籍していて、 

 

「政治史」 

 

という分野を扱っていることが多いです。歴史はときの政治家や為政者の動きと切り離して考えられませんよね。だから、政治学の理論を使って当時の歴史を説明することも可能というわけです。その他、経済学部にも経済史の先生がいますし、社会学部にも歴史社会学、社会史の先生がいることは珍しくありません。 ですから、大学の選択肢を考える際に必ずしも文学部の史学科でないと歴史が勉強できないというわけではないのです。

 

もちろん法学部に行くには法学の勉強、経済学部に行くには経済学の勉強をする必要があるので、文学部とはなかなか併願しにくいのが現状です。ですから当校でも文学部と法学部の併願などはお勧めしていません。 

さらにいえば、文芸メディア専攻には文学作品、メディア(ここでは映画なども含む)から見て取れる内容の分析を中心に研究している先生も多いですし、文学史、メディア史の先生の研究もいわゆる通史を扱うような史学科の歴史とは毛色が違うので、ミスマッチがないかは慎重に検討する必要があるでしょう。メディア史の先生であれば研究に必要な社会学に関する知識を求めてくる可能性もあります。メディア史に限らず政治史であれば政治学的な知識を、経済史であれば経済学に関する知識を持っているか否かも問われる可能性があります。

 

しかし、以上のミスマッチについて慎重に検討したうえで、科目的にも併願もうまくできそうなところを見つけられれば、挑戦してみるのもアリかもしれません。 

 

今年はすでに編入学試験も山場に差し掛かっていますが、もし来年以降編入による受験を検討されている方がいらっしゃれば、ぜひ参考にしてみてください。 

 

この考え方は大学院を考えている方にもあてはまります。 

 

 

もしどんなところが受けられるのか分からなければお気軽にご連絡ください。 

 

 

長文お読みいただきありがとうございました。

「研究テーマ」を決める

英文系スタッフのnobiです。
7月に入り、そろそろ志望理由書を書き始める時期になってきました。今回は志望理由書の「研究テーマ」を決める際のTipsについて書いてみようと思います。

※志望理由書の書き方については、歴史系指導スタッフsusac氏の投稿も参照してください。
https://www.chuo-seminar.ac.jp/blog/literature/?p=965

(1) 在籍している先生の研究分野を確認する
研究テーマを選ぶ際には、必ず「そのテーマを指導できる先生が、受験先の学部学科にいるか」を確認しましょう。どれだけ立派な志望理由書ができあがっても、そのテーマを指導できる先生がいなければ、書類あるいは面接ではねられてしまう可能性があります。志望理由書の作成には多大な労力をかけることになるので、まずはこの点を確認してから作成作業を始めましょう。
また、「研究テーマがなかなか決まらない」という人も、この点について情報収集してみることをおすすめします。受験先大学の先生方の研究分野をHPなどで閲覧するなかで、興味が持てるテーマに出会える可能性があります。

(2) これまでに受けた授業について思い出してみる
この作業をすることで、志望理由書の第一段落に書けるネタが見つかる可能性があります。もし研究テーマにつながる授業をすでに受講していたら、「1~2年次に受けた授業の中で興味のあるテーマに出会った。しかし、在籍大学ではそのテーマを専門的には学べない」というような方向で話を組み立てていくことができます。
また、そのような授業の資料には、具体的な事例が載っていたり、参考文献が紹介されていることもあるでしょう。それはそのまま、志望理由書のネタになることもありますし、面接対策のネタになる可能性もあります。

(3) ノートを作る
研究テーマがある程度決まったら、志望理由書(および面接対策)用にノートを作りましょう。志望理由書を書くためには本や論文を読んでいくことになります。その中で興味を持った点などを志望理由書の準備段階からメモを取るようにしておくとよいでしょう。
メモを取る際には「志望理由書に書くかどうか」の取捨選択作業をする必要はありません(これは志望理由書を実際に書き上げていくときにする作業です)。また、志望理由書には入らなかったメモ内容も、面接での応答に厚みや深みを与えることになるので、決して無駄にはなりません。

2023年度 名古屋大学 編入学受験情報

こんにちは。人文系スタッフのヴァネッサです。

今日の東京はとても蒸し暑いです…

 

さて、今日は名古屋大学の受験情報をお伝えしようと思います。

 

出願期間:2022年8月1日(月)~5日(金)午後4時まで

※ちなみに8月5日の午後4時までの必着(消印有効ではありません)なので、注意してください!

試験日:第1次選抜(筆記)2022年8月31日(水)

         ↓(1次に合格したら…)

    第2次選抜(口述試験)2022年9月28日(水)

合格発表:2022年10月7日(金)

 

ちなみに文学部・人文学科では例年通りほとんどのコースで募集を行っています。

筆記試験の内容も外国語+小論文で変更がないようです

名古屋大学は編入を実施している他の国立大学と比べて出願が早めなので、受験を考えている方は早めに動き出しましょう!

 

#中央ゼミナール

#名古屋大学

#名古屋大学編入

 

 

6月11日(土)に大学フェアが行われます

こんにちは、人文系指導スタッフのおかわりです。

今日は今週末(6月11日の土曜日)に行われる中央ゼミナールのイベント、大学フェアについて宣伝させていただきます。

コロナ禍の影響で3年ぶりの開催になりますが、大学フェアは中央ゼミナールが例年行っているイベントの中でも最も規模が大きいものの一つです。今年は上智大学、お茶の水女子大学、法政大学から大学関係者の方が中央ゼミナールにいらっしゃり、講演会が行われます。また大学関係者の方々に直接相談する機会も設けられています。タイムテーブルについては以下をご覧になってください。

https://www.chuo-seminar.ac.jp/event/fair/time/index.html

講演会や大学別の相談会に加えて、中央ゼミナールによる編入セミナー、志望理由書セミナーも行われます。さらにTOEICや英語の体験授業もあります。これらの講演会、セミナーを通じて、編入試験についての様々な情報を得ることができるでしょう。また進路学習相談コーナーでは、指導スタッフによる個別の相談も受けることができます。

大学フェアは参加無料です。予約なしで直接会場に来ていただいて大丈夫ですが、以下のサイトで事前に予約をしていただけると来場がスムーズになります(入り口で名前や連絡先を書いていただく手間が省けます)

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeD8e8bg4ani-ZqOXWE3czigkPTdaA8rlIWg7c9mrGkAzyCqw/viewform

それではみなさん、6月11日(土)はぜひ大学フェアにいらしてください!

 

5月になりました

みなさん、こんにちは。人文系指導スタッフのヴァネッサです

GW前に緊急事態宣言が発出され、それがまた延長されて・・・昨年に引き続き、落ち着かないまま新年度が進んでいきますね。

こんな状況なので、「今年こそは編入に挑戦するぞ!」と考えていらっしゃった方も少し動きにくかったのではないかと思います。

もしちょっと出遅れてしまったかな、、と考えている方がいたら、ご心配なく!まだ間に合います!

中央ゼミナールでは4月19日から新年度の講座がスタートしているのですが、5月29日(土)までにご入学された方には遅れた分をフォローするシステム(人文系の志望分野に関する勉強方法のレクチャーなど)がありますので、少しの遅れは気にせずに編入学に向けて勉強を始めましょう。

入学相談も随時受け付けておりますので、お時間のある時にお問い合わせくださいね。

お待ちしております!

 

「人文系」?

こんにちは、人文系スタッフのしらのです。今日は「人文系」ってなに?というお話をしようと思います。
「人文系」って、不思議な言葉ですよね。英語だと”humanities”なんて言われますが、なんで単なる「文系」ではなくて「人文系」なんて言うんでしょう?

元々「人文」という熟語自体は、中国の古書『易経』に出てくるもので、そこでは「天文」や「地文」という言葉と対比して語られます。たとえば「天文を観て以て時変を察し、人文を観て以て天下を化成す」という一節があります。ここでの「文」は「文様」「文目」と近い言葉で、日常的な言い方では「ありさま」がしっくり来るかもしれません。「天のありさまを見ることで時の移り変わりを感じ取り、人のありさまを見ることで天下を教え導く」という感じの意味になるわけです。
つまり、元々漢語の「人文」というのは、いわば「人の世界の成り行き」を広く指し示す言葉だったと言えます。

一方、西洋語の”humanities”はまた違った来歴をもっています。
“humanities”が取り沙汰されるようになったのは、ルネサンスと呼ばれた時代、日本でいうとだいたい室町時代に当たる時期のことでした。このころは大学の原型ができて間もなく、学問が盛んに行なわれていましたが、いくつか問題もありました。
①当時のカトリック教会(キリスト教の一派です)が神学との整合性を重視するかたちで議論を進めていたこと。②キリスト教以前から残存していたわずかな学術的文献のほとんどは、翻訳・写本・注釈が繰り返され、原型がわからないかたちで伝わっていたこと。
このような状況に満足できず、「教会から離れたところで文献の原本を読みたい!」と活動しはじめたのが、他ならぬ”humanities”を重視する、「人文学者」という人たちでした。教会内部で議論に溺れるのではなく、教会や教会の解釈の外で自由に本を読み学び、人間について深く知りたい。”humanities”とはその意味で、現実の世界に関する知的好奇心そのものだった、と言うことができます。彼らは誰の解釈にも頼らずに自力で原本を探して読み、そこから歴史や道徳など、研究を多岐に拡げていきました。

中国由来の、天文や地文など自然の理(ことわり)と対比される限りでの、「人の理」としての”人文”。西洋由来の、教会内部で自己完結する神学中心の学問と対比される限りでの、「人間性の追究」としての”humanities”。日本で「人文学」という語がいつ訳語として造られ定着したかはわかりませんが、少なくともこの二つの系譜が緩く重なり、錯綜するかたちで現在の「人文学」は成り立っている、と言えるでしょう。
興味深いことに、この二つの系譜はたびたび槍玉に上がる「人文不要論」と趣を異にしていて、方向こそ違えど、いずれも「人間に関するナマの有用な知識」を目指して提唱されてきたものです。ルネサンス期の人文学者たちですら、世をはかなんで書庫にこもったのではなく、知識に飢えて、時には外国語を学んで原本を読み漁ったのです。

昔は古典を読むことで、言語を学び、歴史を学び、思考を学び、社会を学んできました。今は読解以外にももっと多様な方法でアプローチすることができますが、人文系でとくに「言語」と「歴史」が重要なことは変わりません。「言語」はそれを操る人たちがどのような世界で暮らしているかを表し、「歴史」はそこで暮らす人たちの奥行きを見せてくれます。「個性」や「多様性」が叫ばれて久しいですが、忙しくこなすべきことの多い世の中では、それは他人との関わりを希薄にすることの口実にもなってしまいます。本当に「個性」「多様性」を大事にしようと思うのであれば、たとえ時間がかかるとしても、「言語」「歴史」を学ぶことは不可欠です。
人文系で学ぼうとすることはつまり、さまざまな場所で暮らす人たちやその背景に、そして人々の営みに興味を持つということです。文学や言語学など、人文系の下位分野は、そのさまざまな切り口と見ることができます。
勉強をする時間をじっくり確保できる大学という貴重な場で、みなさんも「人文系」で学んでみませんか?

改めて・・・編入学試験について

中央ゼミナールの人文系スタッフsusacと申します。
 なかなか先の見えない閉塞感のある日々が続いていることと思いますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 さて、季節も4月になり、これから新一年生として大学生活を迎えようとしている方、進級して新たな学年に進んでいる方もそろそろ大学での授業が始まった頃ではないでしょうか。新型コロナウィルスをめぐる状況は依然として厳しいままですが、実り多い大学生活を始めていらっしゃる方も多いでしょう。しかし、中には授業が進む中で何か自分が学びたいと考えていた学問が学べていない、何か自分の思描いていた学生生活とは何か違う、そんな思いを胸の内に秘めている方もいらっしゃるのではないでしょうか。あるいは第一志望に入れずモヤモヤした気持ちを入学後も抱えている方もいらっしゃるかもしれません。もしそんな気持ちを抱えている方がいらっしゃいましたら、一度ぜひ中央ゼミナールにきてそのモヤモヤした胸の内の思いをぶちまけて、スッキリした気持ちになってみませんか?案外悩みを人に相談してみたら、自分が何をすべきなのか方向性がみえてくるかもしれません。そこでもし思い切って現在の環境を変えてみたいと思うようになれば、編入学試験というものにチャレンジするという選択肢があります。
 編入学試験という言葉は聞きなれないかもしれません。あまり一般には広く知られていないかと思いますが、一定の条件を満たして試験に通れば、現在在籍している大学、短大、専門学校などから他の大学の2年次、3年次の学年に移ることができるのです。専攻する学部、学科も180度転換することも可能です。今の学生生活が自分の思い描いていたものと違うと感じたならば、再度チャレンジできる制度があるのです。
 編入学試験なんて聞いたことがないし、そんな大がかりなチャレンジなんてものすごく大変なのだろうと考えるかもしれません。しかし、試験に関する確かな情報さえ持って適切な勉強を進めていけば、編入学試験は、決して突破できない関門ではありません。当校のスタッフは長年にわたる指導に裏打ちされた豊富な情報、指導スキルを持ち合わせています。まずは編入学試験に関する情報を集めるだけでも構いません。モヤモヤする胸の内を晴らしたいというご相談でも構いません。予約なんてしていないけど、じっとしていられなくなって来てしまったという方でも大歓迎致します。じっくりご相談承ります。
 当校の編入試験の対策講座は4月から始まりますが、まだ間に合います。胸の内に秘めるものがある方はぜひ一度ご相談にお越しください。このブログを今初めて見て編入試験というものを知った、という方は18日に行うガイダンスで様子を見てみるのもよいでしょう。皆様のご来校を心よりお待ち申し上げております。

TOEIC等のスコアについて

こんにちは。英文系スタッフのnobiです。ここ数年の編入試験の傾向として、TOEIC、TOEFL等のスコア提出を出願時に求める大学が増えており、TOEICに関しても4技能(L&RだけでなくS&W)のスコアが必要な場合も増えてきました。一定のスコアを出願要件とする大学もあれば、提出を任意としている大学もあり、また、要件が変更されることもしばしばあるため、我々指導スタッフも募集要項は毎年きちんと確認するようにしています。

入学相談でも「何点ぐらい取ればよいのですか」という質問をよく受けますが、その際に、英文系の編入試験で基準としているのが、出願基準を公表している大学のスコアです。

・上智大学外国語学部英語学科
TOEIC 945(L&R) / 360 (S&W)、TOEFL iBT 95、英検1級

・青山学院大学文学部英米文学科(2年次)
TOEIC 830、TOEFL iBT 80、英検1級

・獨協大学外国語学部英語学科(3年次)
TOEIC 800、TOEFL iBT 90

上記のスコアを参考にすると、例えば、東京外国語大学や津田塾大学など、スコア提出を求めているけれどスコアを公表していない大学に出願する場合にどの程度のスコアを取るべきかが推測できます。

中央ゼミナールのホームページでは、昨年度の募集要項からTOEIC等の要件をまとめていますので、ぜひ参考にしてください。
https://www.chuo-seminar.ac.jp/transfer/english/