中ゼミの大きさ

私は、この夏中ゼミと出会えたことに本当に感謝しています。また、私を念願の大学への合格に導いてくださった、授業の先生方やSUS部の方々にも大変感謝しています。
今の大学に入ってからも、私は大学入試で第一希望の大学に合格できなかったことを引きずっていました。どうしても諦めることもできなかったし、自分が落ちたという事実が認められなかったからです。現役の時の模試結果が、私の諦める心に終止符を打たせてくれなかったのです。私には合格できるだけの力はあったはずなのに、と何度も思いました。
だから、編入を決意しました。
動機が不純だと思うかもしれませんが、これが事実でした。しかしやはり編入とは特別入試であり飛び交う情報のあまり多くない試験なので、合格するためには情報が命だと思いました。また、消えてしまいそうになる自分の向上心や私の後ろ盾として私を支えてくれる存在を求め、中ゼミに入ることを決意しました。
しかし実際に入ってから、中ゼミは私が初めに求めていた以上のものを私に与えてくれました。そもそも編入とはいったい何なのか、ポイントとなったことは何なのか、どういうことを勉強しどんな対策をしたらいいのかetc…。
これは、中ゼミならではの特権でした。
けれどそんな中、私が中ゼミに来て一番よかったと思えたのは授業でした。先生方は誰もが素晴らしい方々ばかりでした。専門の古典では、編入ならではの記述を解答するために、長文の読み方の基礎から学びました。古典常識や古典文学史の知識を身に付けることもできた五十嵐先生の授業は、日本文学を専攻する私にとってこの先もとても力になると思います。私の小論対策をしてくださった藤木先生の授業も、小論の書き方のみに留まらず近現代の文学史の知激もたくさん教えてくれました。本番の小論の試験では、非常に解答に困る問題が出てしまいました。しかし、先生から習った多くの知識の中から掘り下げて考え、柔軟に対処することができました。これは、地道に中ゼミの授業にかかさず出席したことが功を奏したのだと思いました。
私は、英語が苦手でした。それは現役の時にも、いくらテストの結果がよかったときでも決して払拭できないものでした。どこかに、英語の問題を解く際や長文読解の際に、明確でない曖昧さがあったからだと気づいたのは、中ゼミの千頭和先生の英語を受けたときでした。添削英語でそのことが露わとなり、先生から指摘をうけました。それから私は、先生から教わった本当の英語の読み方を忠実に守り、先生から教えてもらったお勧めの参考書を中2から地道に勉強しました。すると、自分でも英語がしっかり確実に読めるようになったことを認識し、中ゼミにおいてもまた学校の授業においても結果がついてくるようになりました。昔は、こんなに上手くいくってことが本当にあるものか、とよく思っていましたが、今思えばその通りの理想的な道のりを夏からの中ゼミという短期間で、最短距離で進むことができたようです。
私は、念願の大学に合格できて本当に嬉しいです。が、しかし今の私の意識の中で、合格はおまけのようなものです。それよりも、中ゼミでたくさんの知識を得たことや、本当の英語の読み方を理解し吸収できたことのほうが、今となっては宝です。現役の時の私は何もわかっていませんでした。中ゼミがなかったら、私はまた同じ間違いをしたままで、また同じ失敗していたでしょう。今の私に中ゼミの存在は、とても大きいです。そのことが自分で実感できるほど、中ゼミは私とって欠かせないものとなっていました。
目標の大学と現自分の実力を比較し、自分の無力さを感じてしまうときがあるかもしれません。しかし、それは勘違いです。だれでもやればできるのです。中ゼミは私にそのことを教えてくれました。不安なこともあると思いますが、念願の大学のキャンパスで自分が歩けることを目指して頑張ってください。

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