非常扉

非常扉

こんにちはバラックです。
震災以降夢の中を漂うような感覚が続いていましたが、ふと周りを見渡したら桜はほころび道ばたの春の花々は一斉に咲き始めていて、いつの間にかやってきていた春に現実に引き戻された気がしました。まさに無常。
無常は常では無い、ということで無と常の間にレ点が入り、常というものは無く絶えず変わり続けるということを意味していますが、一方で非常時の方の非常は常に非ず、ということでレ点読み、常態・日常ではない、ということを意味しています。たぶん。
でまあ何を言いたかったかというと、先日の地震の際、私は多摩方面のある建物にいたんですが、揺れた時避難しようと外に出たとき、非常扉を使わず遠回りして正面口から出たんですね。それというのもすぐ側にあった非常口の扉には鍵がかかっており、鍵の上には透明のプラスチックカバーが。しかもそのカバーには「非常時にはこれを壊して下さい」と記されているのです。
これは相当な抵抗です。ただ「開けて」とかだったら躊躇無く開けたでしょう。しかし「壊す」というのは、どうにもハードルが高い。本侵と余震で二度ほど正面口から外に飛び出したのですが、二度目の揺れの後、4人くらいで建物の中に戻りながら件の非常口の前で立ち止まり、「また次に揺れが来たときは正面口からではなくここから出たい。ここのほうが近い」という話しになりました。
ただそこに立ちはだかったのがプラスチックカバーとそれを「壊す」の文字です。
4人でその扉の前で延々と
「果たして今はこのカバーを壊すにたる非常時なのか」
と議論が続きました。
誰も「今が非常時なのか」の問いに明確に「そうだ」と言い切れないわけですね。なぜならそう言い切ってしまったらじゃあ壊してくれ、となり、その「壊した」ことへの責任がかかってくるわけです。
内心では皆壊してこの扉を開けておきたいと思っているのに、誰もその言質に責任をとる気がない。
しまいには事務のおばさんが
「この鍵とカバーは防犯用だから・・・」と言いだし、ああ、これは壊す気がないな、との空気になって「非常時か否か会議」は終了したのでした。
非常扉は何かあったときに真っ先に逃げ出せるようなドアであるはずなのに、よくよく考えるとわりと結構な非常時だったはずなのに、プラスチックカバーを心理的に壊せないばかりに非常扉として全く機能しない。しかもそれについて明確なデシジョンメイキングをできる人もいない。人の顔色をうかがう、何となく同意しておけばいい、自分では決めない、というようなこのスタンスは結局何も生み出さないのだなと思いました。
いや非常扉にこういうプラスチックカバーを掛けるのはあまりよくない、ということが明確になったという点では良かったのかもしれません。
本当ならばこの話と社会学を結びつけて!と最初は野心を描いていたのですが、どうにも長くなりそうなので今日はまたこの辺で
ただせっかく社会学系ブログなので編入情報も入れて置かねばなりませんね。
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大切なのは行動力、考えたことをすぐに行動に移せると言うことです。つまり、「今が非常時かどうか」を会議が踊る状態で話し合うのではなく、さっと決断して実際に行動する。そしてその行動の結果をしっかり自分で引き受ける。そんな強さが大事なのです!私も次回は躊躇無く非常扉を開けたいと思います。

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