幸福。

幸福。

こんにちは、赤い実です。
いきなりですが
あなたは今幸せですか?
日本の内閣府やOECDの調査結果が今年も出ました。
それについて、
たとえば正規雇用か非正規か、求職中か職に就いているかで
明確な差が見られる、とか、
36か国中、経済規模は2位なのに、
幸福度は21位であることはどういうことか、とか、
いろんな分析をすることは可能なわけですが、
そんなのはここで私がするまでもなく誰かがやってくれているので、
ちょっと別のことを考えてみたいです。
幸せとは何なのでしょうか。
絶対的な幸せはあるのでしょうか。
相対的な形でしか測れないのでしょうか。
自分で得るものなのでしょうか。
それとも自分だけでは得難いものなのでしょうか。
そして
幸せであるかどうかは
なぜ、問われなければならないのでしょうか。
うーん、なんだか面倒くさいにおいがしていますが、
つまりは、この質問をする意味は何だ!ってことなんです。
人間は何らかの基準によって定められ、数値化された尺度によって、
不可視なものを可視化されることが結構好きです。
だから、こんな面倒くさいことを考えずに、
その数字に身をゆだねていればいいのですが、
悲しいかな、天邪鬼なのでそうはいかない(これって社会学には必要だと思います)。
思うに重要なのは、
幸福であると感じられる絶対的な基準が、
個々人の中にあるかどうかなのではないでしょうか。
それは
仕事の充実、つまり達成感であったり、
他者との関係性の構築と維持であったり、
未知へ踏み出す自分自身の姿であったり。
そしておそらく私たちはそれらを、
一般的な「幸福(感)」と分けて考えている気がします。
相対的に言えば自分は恵まれているであろうから一般的には「幸福」である。
しかし、
自分が思う、「より良い自分」になり得ていないので、
絶対的には「幸福」ではない。
これら二つの幸福を交互に見つめながら、
私たちは生きるためのエネルギーを生み出しているのではないでしょうか。
「いいじゃないか、これで」という相対的幸福にやすらぎをおぼえながら、
追い求め続けなければ得られない絶対的幸福に胸を焦がす。
そしてまたやすらぎを求めては、胸を焦がす。
繰り返し。
そういうことをひっくるめて幸福について考えさせるために、
こういう質問があるのだと私は思ってます。
ちなみに
編入を志したり、大学院に行こうとすることは、
その絶対的幸福を追い求める過程の一つなのではないかな、と思います。
長いっつ!すみません。
6月9日(土)の編入・大学院フェア
たくさんのご参加、お待ちしております。

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