月別アーカイブ: 5月 2013

幽霊。

幽霊。

こんにちは。赤い実です。

梅雨入りしましたね~。

でも、梅雨に入ると晴れるっていうのが毎年のパターンのようですが、

果たして今年はどうでしょうか。

 

前回もお伝えしましたが6月8日(土)には「大学・大学院フェア」というイベントがあります。

気楽に大学編入や大学院のことを知れる絶好の機会ですので、是非足を運んでみてください。

 

さて、幽霊がちょっとした話題になっています。

先週、「首相公邸に幽霊が出るという噂は本当か」という民主党質問主意書に対し、

「承知していない」という答弁書が閣議決定されたという報道がなされました。

その件について記者が菅官房長官に質問した際、

「そういわれてみればそんな気もする」と答えたそうで。

・・・何を、やってるんですかね、霞が関や「ジャーナリスト」たちは。

 

幽霊はいいんです。非科学的なことも嫌いじゃないです。

ただね、そういうことじゃないんですよね・・・・分かりますよね、言いたいこと。

しかし、どうなんでしょう。

まともな神経を持っていれば、政治家でなあってもなくても、

こんなことに時間を費やすことのくだらなさは分かっているはず。

とすれば、うんざりしている閣僚も少なくはないと思うのですが。

そういう人は大きなため息の一つぐらいついているんでしょうか・・・。

 

社会学的にこの件を取り上げるとすれば・・・

んー、これを報道するメディアの批判的視点の弱さとか、

それを見てネット上などで繰り広げられる議論のあり方ですかね。

もっと頑張れば、現代社会における幽霊の記号的意味、みたいなこともあるかもしれませんが。

いずれにしても、「なにをやっとるんや!」という怒りを横においてということにはなるでしょうね。

 

当たり前のように行われているあらゆることを

果たしてそれはアリなのかナシなのかと疑ってかかること

これが大事だと思います。

それができれば今回の幽霊事件の問題点も自ずと明らかになるでしょう。

 

 

大きさの変わる人間。

大きさの変わる人間。

こんにちは、そして久しぶりです。赤い実です。

暑いですね。5月ってこんなんでしたっけ?

 

4月から開始された授業も、

間もなく折り返しです。

本当に早い。

でも、これからだからお得なことがあります。

5月28日以降ご入学の場合、

総合コースであれば、入学金がなんと全額免除となります!!

単科でも一部減免になります。

少しでもみなさんが勉強を始めるための壁を下げることができればと思っています。

また、6月8日(土)に進学フェアというイベントがあります。

都内を中心に、いろいろな大学関係者の方がいらっしゃって、話を聞くことができます。

また、いつものように合格者の話も聞くことができます。

過去問や大学の案内なども見ていただける貴重な機会でもあります。

予約などは特に必要はありません。お気軽に足を運んでください。

 

さて、

世の中腹立たしいことばかりで、

恥知らずばかりが表に出ています、

が、

とりあえず冷静にソフトに話を始めてみたいと思います。

最近、いや、昔から思っていたことなのですが、

人の大きさって変わりますよね。

・・・・・・いや、成長するという意味ではないですよ。

一例をあげると、

私はこれまで、幼稚園児から高校生まで、結構な年齢層の人たちの教育に関わる仕事をしてきましたが、

彼らと一般的に時間を過ごす場所、つまり、学校や何らかの教室での彼らの「大きさ」と、

外で偶然出会った時の「大きさ」は全然違うと思うのです。たとえ同じ日であっても。

もちろんこれは私からの「見え方」の問題であり、実際に大きさは変わっていません。

でも、ぱっと見た瞬間思うんですね、「ああ、こんなに小さかったんだ」と。

大きく見える時もあります。でも大概はいつもより「小さく」見えるのです。

そんな経験が続くと、当然「なぜか」を考えてみたくなります。

そしてたどり着いた一つの仮説が、

彼らが「誰といるか」で変わるのではないか

ということです。

例えば、学校などで私たちが接する彼らは、ほぼ間違いなく同世代の友人たちといるわけです。

そうするとそこで生じる人間関係に影響を受けたあり方でそこに存在するわけですね。

それに対して、外で会う場合の彼らは家族など同級生ではない人々といることがほとんどなわけで、

したがって彼らが組み込まれている関係性も違ってくるわけです。

つまり、

一生懸命自分というものを主張し、対等にあろうとする場=学校や教室での彼らにくらべ、

どちらかといえば競争や緊張とは無縁の場=家族の中での彼らの方が、「小さく」見えているわけですね。

そう考えた時に、もう一つ合点がいくことがありました。

外で出あう彼らが小さく見えるとき、なぜか私には安堵感が湧くことが多かったのですが、

それはきっと、彼らに安らげる場所があることに対する安堵感だったんですね。

 

このようにして、

関係性の中で変化する人間のありようを研究できるのも、

社会学のだいご味です。

興味のある方は是非。

 

中ゼミにも蚊が出てきました。

このブログを書いている間に6か所刺されました・・・はあ。

 

 

 

蝙蝠(こうもり)という曖昧な存在と社会学。

蝙蝠(こうもり)という曖昧な存在と社会学。

こんにちは、赤い実です。

GWも後半ですね。

とはいえ、前半別にこれといって特別なことはしていないので、

後半と言われてもまあ、カレンダー的なものでしかないのですが。

そして、お分かりのように、中ゼミにいます。仕事、してます。でも文句ではないんですよ。

連休明けから校内生の個別面談も解禁になるので、その前に、いろいろやっておきたいことがあったわけなんですね。

でも、まだまだ入学申込み受付中です。

HPやパンフレットだけを見ただけでは分からないこともあると思います。

是非、お気軽に足を運んでくださいね。

 

突然ですが、私、野生の蝙蝠に指を咬まれたことがあります。

日本で、しかも東京で。

細かい経緯については省略しますが、まあ、好きで咬まれたわけではありません。

素手でそいつをつかまなければならない状況になってやむを得ずつかんだわけですが、

そいつにとっては敵に思えたのでしょう、手のひらに足(?)の爪を立て、指を咬んできました。

痛かったですがそれだけで、その後も、別に血を欲したり、

夜がとりわけ好きになったりすることはありませんでしたが、

結構珍しい経験をしたかな、と。

で、蝙蝠で思い出すのが、イソップ物語に出てくる蝙蝠です。知ってます?

要するに鳥類にも哺乳類にも見える蝙蝠が、イタチから逃げる理由として、都合よくどちらにもなる、という話です。

この話からは二つの教訓が読み取れるようです。

①相手によって言うことを変え、上手く立ち回るべし

②言うことを二転三転させていると、信用されなくなって、一人ぼっちになりますよ

イソップ童話的には②の要素が強いのかな、と思いますが。

いずれにしても(あるいは一歩間違えると)蝙蝠は悪者ですよね。

卑怯で、孤独になっても仕方のないやつ、ってな感じで。

でも、私はそれをペロッと丸ごと受け入れる気持ちにはなれないんですよね。

イタチへの態度の変わりっぷりは(非常に政治的で)到底受け入れられないのですが、

曖昧な存在のしかたに対する排除の眼差しには、「待った!」と言いたい。

どっちつかずを頭ごなしに否定してしまうと、社会はとっても乾いてしまう。敵と味方に分かれてしまう。

生きていく上で二つのうちいずれかを選択しなければならないタイミングは山ほどありますよね。

でも、それをすぱすぱ決めていくことに価値を置き過ぎるのはいささかさびしい。

迷い、苦悩し、葛藤し、失敗してまた迷う。

そのような状態にある時、人は「どっちつかず」になっています。

例えば夕飯に何を食べるのかなどは、とっとと決めろ、って話ですが、

人生やアイデンティティ、信教や命に関わる場面になってくると、

年単位、世代単位でどっちつかずが続く可能性があります。

それによって傷つく存在がいるのであれば、個人レベルではない総合的な支援が必要になってくることも。

 

社会学ではこのような曖昧なあり方、ゆらぎも研究の対象にしていきます。

どうして決めないの!!

の前に

なぜ決められないのか?

を見つめる、そういう学問です。優しいよね。

 

長々と読んでくださった皆さん、ありがとうございます!

肉から社会学。

肉から社会学。

こんにちは、赤い実です。

5月ですねー。柏餅が食べたいです。

ゴールデンウィークで10連休という人もいらっしゃるようです。

しかし!

中ゼミは休まず皆さまのお越しをお待ちしています。

GW後半も校外生の相談は受け付けています。

休みで、将来のことを考えて見たら、編入という文字が目に入った!

という人は、是非お気軽に足を運んでみてください。

都内でも個性的なおもしろエリア、高円寺に中ゼミはありますよ。

 

他のスタッフに、

「最近のブログ、怖いよね」

と言われたので、少し反省してます。

書いているとだんだん気持ちが高ぶってしまうんですよね~。

もちろん、書いたことを消すつもりはありませんが・・・。

いいじゃん、怖くて、だって怒ってるんだから・・・・・・すみません。

 

ということで今日ぐらいはソフトにいきます。

最近、いろんな珍しい国の料理を食べることにはまっています。

チュニジア、シリア、ブータン・・・

それぞれに個性があるわけですが、その差はやはり使う肉の違いで出てくる気がします。

特にチュニジアやシリアなどは羊肉を食べることが多いのですが、

ある時ふと誰かが言いました。

 

なんで羊肉はメジャーにならなかったんだろうね

 

彼が言いたかったのは要するに、

牛豚鶏に比べ、日本でのラムやマトンの消費量が低いのはなぜだろうか、ということです。

でも、それはあくまで日本の話であり、さらに本州に限った話です。

北海道にはかの有名なジンギスカンがありますし、

沖縄はヤギを当たり前に食べます。

もしかしたら本州の中にもそういう場所はあるかもしれません。

つまり何を言いたかったかというと、

一つの視点から見えるものは極めて限られたものでしかない、ということです。

このような主観的な見方は、往々にして進歩や成長の妨げになります。

自分の知らない価値観の存在に思いをはせ、

そこから見た世界の風景を想像することで

こんがらがりがほどけることは結構多いと思います。

 

社会学の本質もそこにあります。

多角的に、立体的に思考し、物事をとらえること。

そうして見えた世界の規則を伝え、未来へとつなげる。

そういう学問です。

 

ところで、北海道大学は伝統だったキャンパス内でのジンギスカンパーティー、

通称「ジンパ」が大学側の意向により禁止されそうな状況にあるそうです。

学生も大学も自立した対等な個人として行動していれば、

北大の伝統も守られるのでは、という気がします。