月別アーカイブ: 6月 2012

銭湯。

銭湯。

こんにちは、赤い実です。
先日のフェアにご参加くださった方々、
雨にもかかわらず、ありがとうございました。
少しでも編入や大学院に興味を持っていただけたら幸いです。
さて、みなさんは銭湯に行ったことがありますか。
私はおそらく2回ほどしか行ったことがないのですが、
それでも、なくなってしまうことへの感慨はあるものです。
それは「洗面器と石鹸だけを持って、外を歩いてもいいんだ」
という空気への憧れと言い換えてもいいかもしれません。
つまりは、なくなることに対するノスタルジックな感傷だけで、
私は銭湯の激減という現象を見ていたわけです。
ですが、一般家庭に風呂が普及したとはいえ、
風呂なしの住居はいまだにあるわけで、
そうなると銭湯というのは市民の公衆衛生に関わる重要な場所であると言え、
その消滅は実はゆゆしき事態ではないかっ!
と気づいたのです、最近。
儲からないものを税金で首を絞めて廃業に追い込む政策は、
こんなふうにしていつの間にか社会の機能を低下させるのだなあ・・・。
高円寺でも、たまにみかける「洗面器青年」。
これからは見方が変わりそうです。

注意して。

注意して。

こんにちは。赤い実です。
しつこいようですが、明後日6月9日(土)
大学・大学院進学フェアです。
お誘いあわせの上、是非お越しください。
最近、月や太陽など天体にまつわる「ショー」が続いてます。
何十年 、何百年に一度、という言葉を聞くと、
それがいかに貴重なものであるかがよく分かります。
それと同時に、
「次に訪れるこの奇跡を自分は見られないかも知れない」
そんな切実さがこの盛り上がりの陰にはある気がします。
もちろん、寿命の問題もあるでしょうが、
「いつ何が起きてもおかしくない」
という逃れ得ない現実への悲観的な思いもありそうです。
それはおそらく3.11と無関係に論じることはできないことでしょう。
しかし、1年と3ヶ月が経とうとしている今、
注意しなければならない時期に来ている気がします。
3.11によって
失われたもの
明らかになったもの
そういったものをどう捉えていくか。
失われたものによって空いた「隙間」には、
普通であれば入り込めなかったような「欺瞞」が入り込みやすいですし、
明らかになったことによって現れた「悪人」は、
必要以上に「汚名」を着せられ、「退治」されてしまいがちです。
つまり、あれほどのことが起きた後では、
本質的な問題を覆い隠し、
強者の論理で物事が決められてしまうことがある、ということなのです。
社会保障と消費税、
生活保護の問題
保育に関する新システム・・・
慎重に注視していかなければならない。
そうしないと取り返しのつかないことになってしまう気がします。
前回のネタではないですが、
相対的な幸福の中で安らげることすら
不可能になってしまいかねません。
そんなことを最近は考えています。