月別アーカイブ: 2月 2012

アンダー・ザ・ブリッジ1

アンダー・ザ・ブリッジ1

また間が空いてしまいました。
赤い実です。
まず最初にお知らせです。
先週末から、新入生対象の説明会が始まっています。
編入ってどういうもの?
何を勉強すればいいの?
中ゼミって何してくれるの?
という疑問の答えがみつかるはずです。
4月まで毎週日曜日(例外あり)に実施されるので、
是非一度足を運んでみてください。
また、3月18日(日)には
「春の進学ナビ」
があります。
専門分野ごとに分かれて、
編入や大学院試験を突破した先輩方から、
貴重な経験談やアドバイスを聞けるチャンスもあります。
気軽にお問い合わせください。
さて。
タイトルでも挙げた「アンダー・ザ・ブリッジ」。
訳すと「橋の下」→「橋下」。
ということで大阪ネタを書こうと思ったのですが、
それは次回に回し、一部の人には結構熱烈に支持されている
「荒川アンダーザブリッジ」という漫画(アニメ・実写化も)から
まずは入りたいと思います。
既に詳しいストーリーをご存知の方もいらっしゃると思いますが、
その名の通り、舞台は東京荒川の橋の下=「荒川UTB」。
一般的な言い方ではおそらく「ホームレス」と名づけられるであろう人々が、
現実にはありえない大規模なコミュニティを形成して自給自足の生活をしています。
そこへ、超エリート道を突っ走ってきた主人公がひょんなことから加わることになる。
その主人公の生きる上で譲れない指針が
「他人に借りを作るな」
ということ。
そもそもそれを遂行しようとしたがゆえに、
ここの生活に入ることになったのですが、
入ってみたらそんな悠長なことは言っていられない。
そこからおもしろくも切ない「非現実的な」ストーリーが展開されていくわけです・・・
とは言え、私も途中までしか知りません。すみません。
でも、その途中までの段階で考えさせられたのは、
コミュニティとは!!
ということです。
荒川UTBに集まるのは、
個性と言うにはあまりにもぶっ飛んでいる人々ばかりですが、
でも、それぞれがそれぞれの「役割」を担って、
まさに
「生きて」いる。
自分がいなくては成り立たないコミュニティを知っていて、
自分が支えられているコミュニティの大きさを知っている。
それぞれが安らげる場所があって、
可視化しそうなほど強いつながりがある。
その中に受け入れられていく、
と同時に目の前の事態を受け入れていく主人公の姿は、
まさに「社会的包摂」とは何であるかを知っていく過程であると言えます。
そしてその過程の中で
「他人に借りをつくらない」ことの無意味さを、
まさに体得していくのです。
他人って、借りってなんだよっ!
というわけです。
後半のストーリーを知らないまま言うのもなんですが、
個人主義と自己責任が蔓延し、
他者との境界の明確化に忙しい現代人にとって、
思った以上に重要なテーマを投げかけている漫画だと思います。
「アンダー・ザ・ブリッジ2」へ続く・・・次回はいよいよ「大の陣」。

バレンタイン前に②

バレンタイン前に②

こんにちは、赤い実です。
突然ですが、和歌が好きです。
実は、結構長いこと中学生に国語を教える仕事をしてます。
その中で、万葉集・古今和歌集・新古今和歌集の
代表的な和歌に触れる機会がわりとあります。
残念ながら、おそらく私もかつてそうだったように、
14,5歳の彼らにはなかなか魅力が伝わらないのですが、
まあ、教える側としては結構楽しんでやってるんですね。
とは言え、完全に「ド素人」の気楽な鑑賞なのですが、
その中で好きなものを今日はちょっと紹介したいと思います。
時期的に恋の歌にしましょうかねー。
繰り返しますが、ドシロウトですからっ!
 「 玉の緒よ絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする 」  式子内親王
・・・命がいっそ尽きてしまったほうがいい。
あなたへの忍ぶ恋心をあまりに長い間持ちすぎていると、
その気持ちが弱まってしまうだろうから・・・
 
これは新古今和歌集に入っているもので、
その激しさに鳥肌が立ちます。
愛する人を始めの頃とおなじように、
強く深く思い続けられなくなるぐらいなら、
  死んだ方がいい。
それも、まっとうな恋ではなく「忍ぶ恋」であるのがまた激しい。
現代においてこの「忍ぶ」をどう捉えるのか。
うーん、いいですね。
「 君待つと 我が恋ひをれば 我が宿の すだれ動かし 秋の風吹く 」 額田王
・・・あなたがいつ来るか来るかと恋しく待っていたら、家のすだれがうごいた。
あなたかしら、と思ってみたら、秋の風がすだれを揺らしただけだった・・・
これは万葉集ですね。
当時は結婚のスタイルすらいわゆる「通い婚」ですから、
女性の側は基本的に「待ち」になる。
その思いが強すぎて、秋の風が揺らしただけのすだれの音にすら、
気持ちが乱れるのですね。
これは特に現代の若い世代が共感しそうです。
もちろん、若くなくてもいいのですが。
なんだか書いていたら予想以上に長くなってしまいました。
あ、ちなみに口語訳は私オリジナルなので、
学校で習ったのと違う!!
とか慌てないように。
で、何を言いたかったかというと、
恋心をはじめとした人を思う気持ちというのは、
時代を超えて伝わるものなのだな、ということです。
社会学とは、突き詰めれば、
人を思う学問だと私は思うわけです。
自己責任で済まされそうな出来事を社会的に見直してみることも、
経済的、法的、あるいは政治的、歴史的な事情により、
「どうしようもない」と思われそうな問題を別の角度から切り込んでみることも、
よくよく考えてみれば、その根底にあるのは、
人への思い
なんですよね。
だから、社会学は面白い、そう思います。
間もなくプレ学期も始まります。
是非、興味のある方はちょっと中ゼミを覗いてみてください。

バレンタイン前に。

バレンタイン前に。

こんにちは、赤い実です。
昨日は豆まきでしたね。
いわゆる「暦の上では」今日は春が立つ日です。
でもまだ寒い。そりゃ寒い。
私が防寒のために買ったレギンスやインナーやタイツは、
今年だけで20着ぐらいになる勢い。
衣替えの時にはさぞウンザリすることでしょう。
さて、世の中はバレンタインに向けて茶色がかってます。
いろんな「○○チョコ」がありますが、
込められている意味や価格に差はあれど、
何はともあれまあ、結局のところチョコレートなわけです。
というわけで今日はチョコレートの話。
完璧な調査をしたわけではありませんが、
容易さに差はあっても、
チョコレートが入手できない国はないのではないでしょうか。
私はこれまで15か国ほど回りましたが、
滞在中少なくとも一度はチョコレートを食べたと思います。
銘柄も甘さも日本のそれとはかなり違いますが、
なぜかチョコレートを目にすると、
安心して予算オーバーでも買ってしまうのです。
チョコレートの本場と言ったらみなさんはどこを思い浮かべるでしょうか。
スイス?ベルギー?
いずれにしても、ヨーロッパ方面が多いかもしれません。
確かに、甘さのある今のチョコレートはヨーロッパで生まれです。
しかし、その原料となるカカオの主要な産地と、
その滋養効果をいち早く取り入れていたのは、中南米地域です。
カカオの生育にふさわしい環境は現代も変わっていないので、
私たちが世界中で目にするチョコレートの原料のカカオは、
今も中南米産のものがほとんどなのです。
そこで問題になっているのがカカオ産業における貧困国搾取の問題です。
口の中に広がる甘さに酔いしれている陰で過酷な労働が強いられているわけです。
ということを知ってからも、私はチョコレートの誘惑に勝てないわけですが、
でも、それを知っているのと知らないのとではきっと、世界の見え方が違う。
そんなジレンマの中で生きていた私(大げさ)に昨年末、新たな情報が飛び込んできました。
それはメキシコ以南のすべての中南米諸国33カ国が参加した
「中南米カリブ海諸国共同体」(CELAC)の発足です。
ここにはカカオの産地が全て含まれています。
先日の早稲田の英語試験でも出た地域共同体が、
どんな可能性を秘めているのか。
私は密かに「カカオ共同体」と名付けて注目しています。
チョコレートだけで長いなー。
あ、「ショコラ」という映画はおすすめです。