月別アーカイブ: 4月 2011

5月病の前に。

5月病の前に。

こんにちは。赤い実です。
社会学系の専門科目第1週目(26日・27日・28日)が終了しました。
みなさん、手応えはいかがでしょうか?
どの授業も、ガイダンス+α程度だったとは思いますが、
緊張もある中でいろいろな感想をお持ちのことと思います。
もしかしたら落ち込んでいる人も中にはいるかもしれませんね。
新学期、学生さんにはいろいろな試練が一気にやってきます。
人間関係の不安、新しい生活のリズム作り、勉強方法の確立・・・。
誰もが直面する問題ではありますが、当人にとっては結構大変です。
自分で自覚する以上に、体や頭や心はストレスや疲れを感じています。
受験生ですから決して楽な毎日ではないですし、
それを乗り越えることも一つの「試験」のようなものです。
ただし大事なのは
「効果的に」
乗り越えること。
そのためには
「無駄」をなくすこと
が不可欠です。
無駄な時間、無駄な気疲れ、無駄な意地。
分からないことや不安なことをそのままにせず、
質問してすぐに解決することもそのために重要なことの一つです。
「わからない」ことが積み重なると質問もしづらくなり、
その間に周りとの差が生まれ、授業に出なくなって・・・
すぐに解決することばかりではありませんが、
まずは先生やスタッフや友人に話し始めてみることが大事かもしれません。
本格的な学習相談などの受付はGW明け6日から受付けが始まります。
コースによって面談の回数は決まっていますので、学生証などで確認の上、
是非活用してくださいね。
さて、入学相談やガイダンスでおそらく耳にしたであろうことの一つに、
新聞を読めっ!
参考文献を読めっ!
というのがあったと思います。
読めって言われても・・・と途方にくれた人も少なくないかもしれません。
もちろん、面白くなくても、興味が無くても文章を読める人は、
その調子で続けてほしいのですが、
今まで新聞ともあまり仲良くなかったし、
文字が並んでいるとそれだけで鳥肌が立ってしまう、
と言う人もいるでしょう。
そういう人は、まずは、記事ひとつ、本の1セクションだけでもいいので、
毎日継続してこれまで縁の無かった内容の文を読んでみましょう。
同じ部分を繰り返して読んでも構いません。
まずは、文字の行列と親しくなること、を目指しましょう。
世の中に興味と「?」を持つこと、これが社会学の始まりです。
そのためには文章の沼でしばらくもがく必要があるかもしれませんね。

新学期。

新学期。

さて、新学期が始まりました。
これを機にちゃんとした(?)ハンドルネームにしようと思い立った、
「NS」改め「赤い実」
です。
意味はいろいろありますが、とりあえずは想像におまかせします。
ぞくぞくと新入生が増えています。
みなさんもドキドキだと思いますが、
こちらもドキドキです。
これからもまだまだ増えるはず。
みなさん、頑張っていきましょう!!
今日は短いネタを2つ、社会学とからめて。
①海と人間
 最近の調査で、現在までに確認できた震災での犠牲者のうち、
実に96%が津波による水死が原因であることが判明しました。
また、同じ津波によって、被災地の田畑は深刻な塩害に悩まされ、
先行きの見えない状況になっています。
 被災地の農家の方々は、ただでさえ後継者不足の農業の衰退に、
更なる追い討ちがかかるのでは、と不安を募らせています。
 
 そもそも、海が無ければ私たち人間をはじめ、
地球上の生き物のほとんどは生まれていません。
その意味で「母なる」海なわけです。
 かつて『沈黙の春』を書いたカーソンも、
海洋環境や生物には深い愛情を抱いていました。
 その同じ海によって人間は命や生活を危機にさらされます。
 
 地球上で生きていくこと、島国で暮らすこととは、
海との対話を真剣にしていくことに他ならないのでしょう。
 もちろん、放射能汚染というまるで「報復」のような形ではなく。
→環境社会学・農村社会学・地域社会学・・・など
②健康志向と貧困
 アメリカと密接なつながり(地理的にも)があるメキシコでは、
若者を中心に「タコス離れ」と「サラダバー人気」が起きているそうです。
その背景にあるのはアメリカを上回る「肥満率」です。
 タコスはリーズナブルで庶民的な食事ですが、かなりの高カロリー食。
それを避け、多少割高でもサラダバーつきのヘルシー定食を選ぶ人々が増えているのです。
ですが、それが可能なのは比較的経済的に余裕のある階層だけです。
貧困層を中心に、「食を選べない」人々は健康志向にはなれません。
 
 もちろんこれはメキシコだけでなく多くの国で起きていることです。
 ですがお隣のアメリカと同じように
「肥満=自己管理不足」と判断されることは納得できないでしょう。
→社会階層と地域社会、健康志向と社会学・・・など。 
あんまり短くなかった・・・

メイガク

メイガク

こんにちはバラックです。昨日今日と晴れていて暖かいのはよいものの、ありとあらゆる埃を舞い上げて吹きすさぶ強風には少々辟易しちゃいますね。目にごみが入って無駄に歩きながら号泣しています。はたから見た人はぎょっとすることでしょう。失恋?ペットロス?病気?みたいな
さて、今週からとうとう授業が始まりました。震災の影響で今年は一週間ほど授業のスタートを遅くしたので、あらかじめ入学をされていた皆さんにはご迷惑をおかけしました。かわりに企画したフォロー週間イベントは楽しんでいただけましたか。
社会学系の編入はご存知の通り大変幅広い学部・学科がターゲットになります。そもそも社会学系は社会学の勉強をして社会学部に入ることだけを目的にしているわけではありません。社会学を中心に、隣接諸分野の知識をいろいろ吸収してもらい、様々な勉強につなげていくこと、そのことで社会科学、人文科学、学際的な分野など他の分野以上に受験校を拡げることができます。文化、メディア、ジェンダー、哲学、文学、政治経済、政策、民俗・民族、言語・・・etc、興味があれば何でもできます。
そう、
雑学・薀蓄好きのそんなあなたの社会学系
世の中の常識に疑問を抱かずにはいられないそんなあなたの社会学系
興味がたくさんあって一つに絞れない優柔不断のそんなあなたの社会学系
何の宣伝文句なのか。選挙か何かみたいですね
という具合にここではすこし学校情報やこれまでの過去の学生さんのエピソードなどを。
中ゼミに来られる学生さんで多いのが「MARCH」希望の方なんですね。いわずと知れた明治青学立教中央法政です。もちろん全員がマーチに行くわけではなく、受験していく中で国立やその他の私立、女子大などに受験者や合格者が徐々に分散していきます。
以前のブログで「女子大はねらい目!」と書いた気がしますが、じゃあ男はどうなんだ?と当然ながらなりますよね。そうなんですよ。女子大があるのに男子には男子大的なねらい目入りやすく就職に強い、的なちょうどよい大学がないんです。一見。
しかしそんな社会学系でマーチ以外でいい大学、かつ関東圏という人のターゲットになってくるのが明学こと明治学院大学です。ここもなかなかよい大学ですね。社会学系は社会と国際両方狙っていけますし、どちらもわりとかなりしっかり勉強できます。しかも場所が白金!ネーゼがいますよネーゼが。建物もキャンパスもモダーンでこぎれいですよ。
明学の社会学だと英語も論文もけっこう専門性の高い問題が出題されます。難しいです。けれども、ここ数年中ゼミで明学に受かっている人はどんな人かと言うと、「今まで全然勉強と言うものをしてこなかった」という人が受かってるんですよ。なんと。
明学の試験が中ゼミの添削英語と社会学論文との相性がいいというのももちろんあります。それでも彼らが全然勉強をしなくても受かった、ということではなく、彼らが今までしてこなかった分を全力で勉強したからなんですね。英語とか入った当初は0点、論文も日本語からして書けていない、そんな人が、一生懸命毎回授業に出でてしっかり復習して過去問といて、と半年間がんばった結果、はれて合格、にいたったわけです。
素直にがむしゃらにがんばれる人向きの大学といえるかもしれません。
ただ明学の試験日は12月の頭に実施することが多いなど、他の大学と試験日が重なることが多々あります。ので、しっかり受験スケジュールを立ててどの大学を受けるか、中ゼミの周りの人の動向を見ながら決定してみてください。
という具合にいろいろと大学やエピソードを紹介していきますので、皆さんも気になったら過去問を見たりHPを見たり、こまめに情報を集めてみてください。
編入に受かる人はとにかく行動に移せる人です。
次回はどこを紹介しようかな。。。

山笑う。+明日のお知らせ

山笑う。+明日のお知らせ

「山笑う」季節がやってきました。
「山笑う」とは俳句の季語のひとつで、
今頃の、春のおだやかで明るい様子を表します。
日本語にはたくさんの「笑い」についての表現がありますが、
その中でも非常に美しい「笑い」のひとつではないでしょうか。
とは言え、中ゼミのある東京ではすでに初夏の陽気ですが。
言葉とは、いえ、日本語とは難しいものであり、
同時に利用するものにとっては便利なものでもあるなあと、
つくづく思います。
今回の震災の復興に当てる財源のため、
「震災復興税」という名で増税する方針で検討を始めたようです。
「復興」という言葉も個人的には気になりますが、ま、それは置いておいて、
問題はその名前によって正体が隠されてしまうことです。
被災地のためになるなら、協力はしたい。
けれど、この税、万人から税を取る消費税が基軸になっています。
つまり、被災し、明日もままならない人々からも取ることになります。
いやはや。
毎回似たようなオチですが、
言葉にも敏感に、そして冷静にならなければならないようです。
さて、明日は編入コース入学者対象の総合ガイダンスです。
中ゼミがどんなところか、
どんなスタッフや先生がいるのか、
そういうことがいっぺんに分かる日です。
是非、皆様お越しください!!
NS

伝える。+土日のお知らせ。

伝える。+土日のお知らせ。

震災後初めて秋田に帰省をしました。
新幹線が完全ではないので深夜高速バスで帰ったわけですが、
福島→宮城→岩手と被災地を順に走るルートを取ることになりました。
基本的には真っ暗な中カーテンを開けずに走ったので詳細な状況はわかりませんが、
絶叫マシン並に激しく揺れる車体から、
道路の悲惨な状況を想像したり、
サービスエリアの「大型トラックの林」に、
これらの物資が無事被災地に届くことを願ったりしました。
ここで考えたのが、何かを「伝える」ということについてです。
今回の帰省で私は被災地を目の当たりにしたり、
物資そのものを見たりしたわけではありません。
けれど、それまで自分が持っていた情報や知識とつなげて、
そこにあるものが意味することを受け取ったわけです。
こういう意味で、バスの揺れや大型トラックは十分に何かを「伝えて」いたわけです。
情報を強力に「伝える」ものの一つに
 写真
があります。
今でこそデジタル化が進み素人でも細工ができますが、
かつては何かを示す証拠としてこれほど強いものはなかった。
ジョー・オダネルというカメラマンがいました。
米軍所属で、原爆投下直後の長崎を密かに撮影し、
43年の歳月を経てそれらを公開し、2008年8月9日に亡くなりました。
詳細はいろいろなところで知ることができますので、
ここで述べることは控えますが、
真実を伝えるために彼が選んだ「写真」という手段は、
彼のそれまでの平穏で安定した生活をすべて破壊しました。
絵や音楽、小説などに比べ、
写真は表現する芸術としてなかなか見なされてきませんでした。
けれど、どの瞬間を切り取り、いつ・どこでそれを公開するかを選択した時、
写真家は他のどの芸術家よりも表現者となります。
そして時にそれは命がけにもなる。
震災の写真もそうでしょう。
被災地に簡単には行かれない私たちが、
もっとも容易に目にできる真実は
「写真」の中にあります。
同時に、それらの写真に対峙するとき、
それらが「表現」の一つであることに
もっと敏感であらねばなりません。
伝えられるべきことが伝えられているか
斜に構えるのではなく、
伝えるられるべきことがゆがめられ、隠されていないかを
真正面から考える必要があるでしょう。
敢えて隠された部分にある凄絶な現実を
想像してみることも必要かもしれません。
さて、今週末は土・日と連続してイベントがあります。
17日(日)は入学された方対象の総合ガイダンスです。
その関係で、先週までは毎週日曜日に実施していた
外部の方向けの説明会が16日(土)になります。
また、17日は午前中に入学者対象で無料TOEIC IPテストがあります。
入学者の方は17日、外部の方は16日にお待ちしています。
NS