月別アーカイブ: 2月 2011

おこる。

おこる。

気になる言葉がありました。
障害のある児童の行動について触れた文の中で出てきたものです。
「嫌いな人に怒られると腹が立ち、
    好きな人に怒られると悲しくなる。」
日々のやり取りの中で向き合う、
「泣き」という行動における児童の心理について経験的に出た言葉でしたが、
なるほど、と思いました。
大人である自分に当てはめてみても、そうかも知れないな、と。
逆に言えば、怒られて腹が立つということは・・・
ま、絶対ではないので。
それにしても「怒る」という行為は、
されるにしてもするにしてもエネルギーを要するものです。
エネルギーを要しない「怒り(おこり)」は、ただの癇癪やわがままであることが多い。
昨日のブログの内容とも少し関わりがあるかもしれませんが、
子育てという場面においてとりわけ不可避なこの行動は、
親が親になっていくための重要な行動の一つでもあります。
ここをうまく通り抜けないと、深刻な問題を親子の間に抱えることもあるでしょう。
近年、子どもを叱るのが下手な大人が増加していると聞きます。
実際、そうだと思います。
その原因の多くは社会学的な研究課題となります。
地域社会の消滅、母親の孤立、情報の飽和による混乱・・・
親が怒って子どもが泣く。
昔は当たり前だった光景が、
今は無くなりつつあります。
NS

スプーンと育児

スプーンと育児

こんにちは小皇帝バラックです。
最近脳の機能が何かおかしいのか、フォークをつかって食べようとすると
なぜかフォークを唇に刺してしまいます。
こうなるともはやフォークも凶器ですね。
ふと
あけて待つ子の口の中やはらかし粥運ぶわが匙にふれつつ
という短歌を思い出しました。うーん母性愛。
私はスプーンで「あーん」と子ども(または異性)に食べさせたことはありませんが、
子猫にスポイトでミルクを飲ませたことはあります。
飼い猫が3回目の出産を機に育児放棄をしてしまったため、
一日に何度も5匹の子猫の口の中へスポイトで子猫用のミルクを流し込むという、
なかなか大変な育児で。
しかしスポイトから伝わる口の中のやわらかさよりも、
片手でもちあげた子猫の体の軽さ柔らかさの方が印象的でした。
それにしても猫だって育児放棄をするのだから人間をや、といったところでしょうか。
育児放棄・育児不安・育児支援・男性の育児など、
育児は中ゼミの社会学系人気テーマです。
わりと多くの方が立教コミュ福やお茶大などの人気校、女子大などを受験するとき
研究テーマとして選んでいます。
もちろん中ゼミ生のほとんどが育児体験はしていないのですが、
「一人でどうしたらいいかわからない」
という助けを求められない一人ゆえの辛さは、
想像しやすい・実感しやすいのかもしれません。
そういえば今年のもうひとつの人気テーマは無縁社会でしたし。
こういう自分でもよくわかる、という感覚的ことから社会学のテーマを
見つけていくのもなかなか楽しいですよ。実感を伴うと理解も早い。
さて、そろそろ今年度の編入シーズンも終盤、
しかし日大(国際関係)、南山、筑波、専修、明治(情コミ)、和洋、関東学院、相模女子、名桜
などが残されています。
ラストスパートはもう何がなんだかわからない苦しさかもしれませんが、
ランナーズハイという言葉もあります。勉強が快感になるように走りぬいて下さいね

文学的であることと社会学的であること。

文学的であることと社会学的であること。

一昨日何気なく冒頭に出した俵万智さんですが、
例えば、彼女の作品である「チョコレート革命」について
どういう視点でどう捉えるかによって文学系でも社会学系にもなり得ます。
今さらではありますが、どんな作品かをおさらい。
「男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす」
これの解釈については既に多くの人によって様々になされているのですが、
例えば、「チョコレート革命」の部分を、
「チョコレート」で切るのか切らないのか、
切るならそれは何を示しているのか、
「大人の返事」は何を指しているかとか。
説明を極力排除して感情を表現するのが短歌や俳句であり、
鑑賞する側には通常の文章に比べて広い想像の幅があるわけで、
そこで妥当性のある独自の解釈をすることがつまりは文学の領域なのです。
社会学的な立場から見れば「小さいことをちまちまやってんなー」と思われるかもしれません。
一方、ここでの「男」とはバレンタインにチョコレートを「もらう側」の人間であり、
女性はその男性に対して「愛の告白」をする存在です。
今でこそ、そうではなくなりつつありますが、
「女性はチョコレートがあって初めて男性に告白できる」という状況は、
「男は堂々と女は控え目に」という日本人の男女観の現れであると見ることも可能です。
こういう視点から見れば、社会学の領域になるわけです。
まあ、文学の面から見れば「何をそんな情緒の無いことを」と思われるかもしれません。
それぞれの立場に対して批判的でも馬鹿馬鹿しいと思っても構いません。
ですが、自分が取り組んでいるあるものの裏側に、
そういう世界が広がっていることは知っておくべきでしょうね。
久々に読みたくなった・・。
NS

チョコレート 革命

チョコレート 革命

タイトルを見て、
「お、今日は俵万智か?」と思った方、
ごめんなさい。違います。
もちろん、俵さんの短歌集も非常に面白いので、
是非読んでみて下さい。
さて、エジプトが大きく変わろうとしています。
日本人にとっては古代文明でお馴染みのエジプト。
そのイメージが今後少しだけ変わるかもしれません。
ムバラク大統領辞任が決定した日、
祝福ムードで盛り上がる人々の中である人が言っていました。
「革命の中に身を置きたくて駆けつけた。」
大きな変革の渦の中にわざわざ出かけていく感覚は
日本人にはあまり理解できない感覚かもしれません。
デモ=暴動、革命=治安の悪化というイメージも強いでしょう。
もちろんその図式が完全な偏見であるとは言えませんが、
それにしても、日本人にとって「革命」は次元の違う話に聞こえるようです。
エジプトに注目して、革命の意味を考え直してみるのもいいかもしれません。
さて、明日はバレンタインです。
最近では「本命」や「義理」よりも、
「友チョコ」が流行のよう。
そもそもの由来や、「バレンタイン先進国」の形式とは関係なく
独自の文化を発展させた日本。
バレンタインに限らず、日本の文化受容の方法は、
時に予想外の発展につながっていきます。
「革命」は文化ではありませんし、
(一般的な意味では)受容するものでもないでしょうが、
革命や革命を考えることがもし日本で普通になったら、
革命が革命で無くなることもあるのかも知れません。
革命革命言い過ぎ
NS

世界はひとつ。

世界はひとつ。

海洋研究開発機構が10日発表予定の報告によると、
北欧ノルウェー付近北海で海水温が平年より高くなると、
その約10日後に日本に寒波が来るらしいです。
蛇行するジェット気流に乗って・・・。
詳しいことは電子英文誌「SOLA」で確認していただくとして、
今後研究が進めば具体的な数値化も含め、
より実用的なものになることも期待されているそうです。
今年のように大雪が命に関わるような事態を目の当たりにすると、
是非実現してほしいと切に願います。
それにしても、このようなニュースを見ると、
改めて地球は丸く、世界はつながっているのだ、と思わずにいられません。
そしてその世界を縮めたのは間違いなく航空機の発達です。
まさに「その一翼」を担ってきたJALが昨年から整理解雇の問題で注目されています。
そこで闘っている人のコメントを見る機会がありました。
あるテレビ局から取材を受けた時の出来事が印象的でした。
テレビ局側は「2つのシーンを撮りたい」と言って来たそうです。
一つは職業安定所で職探しをしている場面。
もう一つは公園で一人ブランコに乗っている場面。
実際には力強くたたかっている自分たちの姿とは違っていたために、取材は断ったとのことでした。
こんな風に「取材」は行われ、「実態」は「伝えられて」いくのだなあ、と
改めて考えさせられた記事でした。
NS