月別アーカイブ: 2月 2011

東京まらそん。

東京まらそん。

今日は新年度に向けての説明会の第1回目でした。
編入はもちろん、大学院についても行われています。
日曜日を中心にしばらく続きますので、
興味のある方は是非ご参加ください。
また、来月の13日には合格者の体験談を聞ける、
「春の進学ナビ」があります。
こちらも予約不要、参加費無料ですので是非お越しください!!
今日は東京マラソンだったようです。
結果はわかりませんが、
2007年から始まったこのマラソン、
醍醐味の一つは、通常であれば足を踏み入れることの無い車道を、
安全に快適に走れることです。
ロンドンといい、ニューヨークといい、
大都市の大きな道を思い切り走るのはきっと気持ちの良いものでしょう。
人は通常禁止されていたり、
ままならぬことをする時に快感を感じるようです。
実際にはともかく、
誰もがやろうとしなかった分野の研究に手をつけることは、
リスクもあるけれど、スリルと言う快感を伴うものかもしれません。
人によりますが。
編入にしろ、大学院にしろ、
研究テーマを設定する時に必要な要素のひとつが
オリジナリティです。
机上の空論では困りますが、
今まで気づかなかった分野に手を伸ばし、
自分とそれに触れた人々の世界を広げることが一つの使命だと思います。
NS

小麦→ファストフード→学歴

小麦→ファストフード→学歴

いよいよ筑波が明日に迫りました。
二日間の日程ですが、初日の手応えにかかわらず、
いずれの日についてもしっかりと準備して臨んでください。
スタッフ一同、応援しています!!
さて、これから大学編入に向けてスタートしようとしている人にお知らせです。
2月27日(日)から以前もちらりと紹介したプレ学期が始まります。
また、3月19日(土)からは春期講習も開始されます。
春期講習では英語限定ですが1回に限り体験授業もできます。
さらに、これはすでに2月20日から始まっているものではありますが、
小論文・英語の再入門講座という授業があります。
英語に自信が無い方、小論文とは何!?という方から、
自分の基礎力を確かめたい方まで、どなたでも歓迎です。
お気軽にお問い合わせください。
なお、毎週土・日の15時から無料・予約不要で英語のレベルチェックテストを行っています。
こちらも是非どうぞ。
日曜日の説明会にも足を運んでみてくださいね。
ところで。
輸入小麦の価格が18%増となるようです。
地球規模での異常気象、人口増加や経済発展による需要の急激な高まり。
輸入依存の日本は激しく影響を受けることになるでしょう。
小麦といえばパン。パンといえば、ファストフードですよね?
無理やりな感じはご容赦頂くとして、
アメリカの研究者が次のような報告をしました。
 心筋梗塞で倒れ、入院し、治療を受けて退院した患者の内、
 ほぼ半数が退院後も、病気の一因となる可能性のある、
 ファストフードを食べ続けている。
さすが、アメリカ、と一括りにしてしまうのは問題ですが、
かなりファストフードが浸透したとは言え、
日本とアメリカではやはり感覚が違うのでしょう。
報告はさらに続けます。
 その傾向は、
 若者・男性・低学歴
 の人に顕著である。
ここで気になったのは3つ目です。
どの程度の学歴を指して言っているのか、
また、どれほどの割合でそういった傾向が見られるのかが不明なため、
あくまでその辺を踏まえた上での見方しかできませんが、
このことが示していることは単に「知識が無い」ということだけではないでしょう。
低学歴であることがその人の生活にどのような影響を及ぼしているのか、
また、低学歴であると自分自身が認識していることから生まれる問題は何か、
その辺の分析も社会学的には興味のあるところです。
NS

カバと独り言

カバと独り言

皆さんこんにちは、小皇帝バラックです。
さて今週末は筑波の編入試験ですね。実際に受験する皆さんほどではないものの、私も心臓がバクバクのドキドキ・・・わりとヘビーな刺激なんですよ。社会学系のここ数年の傾向として早稲田が不作の年は筑波が豊作、筑波が不作の時は早稲田が豊作なので、帰納法的に今年はたくさん受かってくれるんじゃないかと勝手に期待しています。
ところで話は飛びますが、皆さんは独り言を言える派ですか。独り言は言う・言わないではなく、言える・言えないだと思うのです。私は独り言がどうも恥ずかしくて言えない派であり、また他人の独り言にも人一倍敏感なため、独りゴチストと出会ってしまうとその独り言に反応すべきなのかどうかでいたく迷ってしまいます。それが知り合いの場合であれば、「それは独り言?」と聞くこともできるわけですが、その独りゴチストが赤の他人である場合、独り言であれば無視、聞いていないふり、気にしないことが正しい対応策になりますが、仮にそれが独り言のようで誰か周囲の人の反応を求める発話行為だった場合には、独り言の場合の正しい対応はとたんに間違った対応になってしまいます。なんと!
そんなわけでたまにカフェとかで本を読みながらぶつぶつつぶやいていたり、お店で商品を見ながら独りで何か話している、パソコンに向かいながらつっこみともつかないような言葉を発している独りゴチストの皆さんと出会うと、私はどうも微妙な心境がしてドキドキしてしまうのです。
しかし、そんな独り言が恥ずかしくて言えない派の私でも、テレビを見ながら思わず「えーーーー!」と大声を上げてしまった事があります。
皆さんはカバをご存じですか。そう、あのカバです。カバはもっさりしたおとなしそうな動物に見えて、実は相当凶暴・凶悪(まあそれも臆病ゆえなのですが)。アフリカでもっとも人間を殺している野生動物がゾウでもライオンでもヒョウでも毒蛇なのでもなくこのカバなのです。
で、ある日私はこのカバについての番組を興味深く見ていました。そこで驚きのフレーズが飛び出したのです。
「カバと遺伝子上もっとも近い動物が判明しました。それはクジラです。」
!!!!!!!えーーーー!!!!
そして私はカバとクジラが近縁の種であったことに驚き、また同時に自分が知らぬ間に出していた声に驚きと二重の驚きを体験したのでした。にしてもカバとクジラがそんなに近い動物とは・・・夢にも思いませんでした。
と動物こねたシリーズは脇においておいて、独り言に話を戻すと、
社会学者のゴフマンさんは、人間同士の相互行為についていろいろ考察を深めた人です。その人の考えた「儀礼的無関心」というものがあります。通常人間同士は対峙した場合、相手に対して何らかの反応を返すものですが、都市など必要以上の大多数の人間に囲まれた空間では、コミュニケーションを円滑にするためにあえてコミュニケーションを取らない、相手を無視する、ということが生じます。これが儀礼的無関心です。あえての無視、わざと無関心を払うという行為の形態ですね。東京に住んでいるとわりとこうした態度は当たり前に身に付くと思いますが。
で、独り言を言う人に対する無視、聞かなかったふりもよく考えてみればこうした儀礼的無関心のバリエーションの一つなのではないかと。独り言をいちいち拾って全部に相づちを打ったり返答したりしていたら、お互いに困惑するおかしな状況になってしまいます。独り言は聞かないふりをするのが正解、なぜなら独り言は周りの人に向かって発した言葉ではないから。
ただまあ人によっては独り言に見せかけたかまってサイン、前ふりだったりする場合もあるのでなかなかその判断は難しいのですが。と議論が堂々巡りになってきたところで今日はこの辺で。
筑波受験の皆さん、スタッフ一同心から応援しています!来年度の受験を考えている方は、来年の今頃を考えながら着々と準備に励んでください。
今週末から来年度に向けた説明会が開催されます。3月13日には合格者をむかえた進学ナビも予定されているので、来年度の受験を考えている皆さんはぜひこまめに中ゼミのHPをチェックしてみてくださいね。

土踏まず!!

土踏まず!!

「ルーシー」の名で知られる猿人=アファール猿人に、
土踏まずがあったそうです、なんと!!!!
つまり、猿人が地上生活を中心にしていたことの証が見つかったわけです。
もちろんこの発見がすごいことなのは分かるのですが、
新聞やネットの見出しにこれほどでかでかと
「土踏まず」が載った事実に目を奪われました。
人類の起源までいかなくとも、
人は自分のルーツ(或いはそれに近いもの)を探るのが好きなようです。
意識的であれ無意識的であれ。
それはともすれば少しのきっかけで姿を変えるものである気がします。
ナショナリズムとか原理主義とか。
なぜ人は自分がどこから来てどこへ帰るべきかを考えるのでしょう。
理由はいくつもある気がします。
何かに属したいから。そこから逃れたいから。
最終的にはルーシーに行き着くはずの私たちは、まさに「兄弟」。
だとすれば諍いや争いは究極的には無くなるはずなんですが。
うーん、何を言いたいのか分からなくなってきました。
家に帰って土踏まずを眺めて考え直してみます。
NS

オオカミなんかこわくない

オオカミなんかこわくない

こんにちは、バラックです。
「オオカミなんか怖くない」といっても3匹の子豚でもなく、赤ずきんちゃんご用心でもなく、オオカミに豹変する男の子を警戒するピンクレディ(あれ古いかな)でもありません。日本にもオオカミがやってくる(かも)というお話です。
オオカミはネコ目イヌ科イヌ属の動物(イヌなのにネコ目で一瞬びっくりしますが、何のことはない食肉目のことをネコ目というのです。何でだろう)で、童話に出てきたり様々なキャラクターにされたりと皆さんにもある意味でなじみのある動物だと思います。
なじみがあるとはいうものの、ニホンオオカミは1900年代初頭に絶滅してしまい、ニホンでは実際に野生のオオカミを目の当たりにすることはまずありません。オオカミは群を作る肉食獣で、人や家畜をおそったりして大変危険なうえ、狂犬病を媒介するおそれがある、ということで目の敵にされ、人間に駆逐されてしまった、というわけです。つまりかつての日本においてオオカミは害獣とみなされていたのですね。
さて、このオオカミ。実は日本で絶滅したオオカミをよみがえらせようという計画が一部で進行しています。よみがえらせるといってもクローンを作るなどというジュラシックパーク的なそれではなく、外国のオオカミをつれてきて日本の生態系になじませようという(これを再導入といいます)計画です。
この計画に賛成する人々によれば、現在の日本の山林は荒れに荒れておりバランスを欠いている。もしそこに生態系の頂点に立つオオカミを入れてやれば、生態系がうまく機能して調和のとれたバランスを取り戻す、というわけです。山林荒廃の原因の一つになっているシカやサル、イノシシなどの害獣がオオカミの補食行動によってうまく管理される、というのが彼らの計画の根幹にある考え方です。
実はこうしたオオカミの再導入は欧米ですでに行われており、ヨーロッパやアメリカではオオカミが絶滅した地域に新たにオオカミを根付かせ、バランスのとれた生態系の回復を試みています。日本でもこれをまねて、ニホンオオカミと近いとされるモンゴルの灰色オオカミをつれてこよう、ということのようです。
まだまだ議論をする余地がたくさんある話ですが、一般の人にこの話をすると多くの人が「怖い」という反応をします。肉食獣ですから当然の反応かもしれません。また山間の農村部でクマの害(熊害とかいてユウガイとよみます)におびえる人々にとっては、クマに加えてオオカミ!と。
欧米のオオカミ再導入の例でも、科学者は調和のとれた生態系の大切さを強調する一方で、地元住民はオオカミを忌み嫌い、彼ら自身を無視してすすめられた政策へのあてつけとしてオオカミを殺したりしているそうです。動物一つとってみてもいろいろな人の利害かからみ、科学的には最良の方法であっても現実には困難を極めてしまうのですね。
さて、長々と書いてしまいましたが、こうしたテーマも実は立派な社会学の研究対象となります。現在は環境問題に社会学的に取り組むという環境社会学という分野も確立していますし、社会科学のそれぞれの分野でも環境問題をテーマにすることができます。
中ゼミの社会学系のターゲット校にも社会科学の分野から環境について研究できるところがいくつもあり、法政大学の人間環境学部などでは中ゼミの社会学系の方が合格されています。現在はたくさんの大学で環境をテーマにした先生がいらっしゃいますから、環境推しで受験をするのも一つの方法ですね。
ちなみにもし本物のオオカミを見たければ、この近くだと多摩動物公園や羽村市の動物園で見られますよ。素人でかつネコ派の私からするとオオカミとイヌの区別がつきませんが・・・

おこる。

おこる。

気になる言葉がありました。
障害のある児童の行動について触れた文の中で出てきたものです。
「嫌いな人に怒られると腹が立ち、
    好きな人に怒られると悲しくなる。」
日々のやり取りの中で向き合う、
「泣き」という行動における児童の心理について経験的に出た言葉でしたが、
なるほど、と思いました。
大人である自分に当てはめてみても、そうかも知れないな、と。
逆に言えば、怒られて腹が立つということは・・・
ま、絶対ではないので。
それにしても「怒る」という行為は、
されるにしてもするにしてもエネルギーを要するものです。
エネルギーを要しない「怒り(おこり)」は、ただの癇癪やわがままであることが多い。
昨日のブログの内容とも少し関わりがあるかもしれませんが、
子育てという場面においてとりわけ不可避なこの行動は、
親が親になっていくための重要な行動の一つでもあります。
ここをうまく通り抜けないと、深刻な問題を親子の間に抱えることもあるでしょう。
近年、子どもを叱るのが下手な大人が増加していると聞きます。
実際、そうだと思います。
その原因の多くは社会学的な研究課題となります。
地域社会の消滅、母親の孤立、情報の飽和による混乱・・・
親が怒って子どもが泣く。
昔は当たり前だった光景が、
今は無くなりつつあります。
NS

スプーンと育児

スプーンと育児

こんにちは小皇帝バラックです。
最近脳の機能が何かおかしいのか、フォークをつかって食べようとすると
なぜかフォークを唇に刺してしまいます。
こうなるともはやフォークも凶器ですね。
ふと
あけて待つ子の口の中やはらかし粥運ぶわが匙にふれつつ
という短歌を思い出しました。うーん母性愛。
私はスプーンで「あーん」と子ども(または異性)に食べさせたことはありませんが、
子猫にスポイトでミルクを飲ませたことはあります。
飼い猫が3回目の出産を機に育児放棄をしてしまったため、
一日に何度も5匹の子猫の口の中へスポイトで子猫用のミルクを流し込むという、
なかなか大変な育児で。
しかしスポイトから伝わる口の中のやわらかさよりも、
片手でもちあげた子猫の体の軽さ柔らかさの方が印象的でした。
それにしても猫だって育児放棄をするのだから人間をや、といったところでしょうか。
育児放棄・育児不安・育児支援・男性の育児など、
育児は中ゼミの社会学系人気テーマです。
わりと多くの方が立教コミュ福やお茶大などの人気校、女子大などを受験するとき
研究テーマとして選んでいます。
もちろん中ゼミ生のほとんどが育児体験はしていないのですが、
「一人でどうしたらいいかわからない」
という助けを求められない一人ゆえの辛さは、
想像しやすい・実感しやすいのかもしれません。
そういえば今年のもうひとつの人気テーマは無縁社会でしたし。
こういう自分でもよくわかる、という感覚的ことから社会学のテーマを
見つけていくのもなかなか楽しいですよ。実感を伴うと理解も早い。
さて、そろそろ今年度の編入シーズンも終盤、
しかし日大(国際関係)、南山、筑波、専修、明治(情コミ)、和洋、関東学院、相模女子、名桜
などが残されています。
ラストスパートはもう何がなんだかわからない苦しさかもしれませんが、
ランナーズハイという言葉もあります。勉強が快感になるように走りぬいて下さいね

文学的であることと社会学的であること。

文学的であることと社会学的であること。

一昨日何気なく冒頭に出した俵万智さんですが、
例えば、彼女の作品である「チョコレート革命」について
どういう視点でどう捉えるかによって文学系でも社会学系にもなり得ます。
今さらではありますが、どんな作品かをおさらい。
「男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす」
これの解釈については既に多くの人によって様々になされているのですが、
例えば、「チョコレート革命」の部分を、
「チョコレート」で切るのか切らないのか、
切るならそれは何を示しているのか、
「大人の返事」は何を指しているかとか。
説明を極力排除して感情を表現するのが短歌や俳句であり、
鑑賞する側には通常の文章に比べて広い想像の幅があるわけで、
そこで妥当性のある独自の解釈をすることがつまりは文学の領域なのです。
社会学的な立場から見れば「小さいことをちまちまやってんなー」と思われるかもしれません。
一方、ここでの「男」とはバレンタインにチョコレートを「もらう側」の人間であり、
女性はその男性に対して「愛の告白」をする存在です。
今でこそ、そうではなくなりつつありますが、
「女性はチョコレートがあって初めて男性に告白できる」という状況は、
「男は堂々と女は控え目に」という日本人の男女観の現れであると見ることも可能です。
こういう視点から見れば、社会学の領域になるわけです。
まあ、文学の面から見れば「何をそんな情緒の無いことを」と思われるかもしれません。
それぞれの立場に対して批判的でも馬鹿馬鹿しいと思っても構いません。
ですが、自分が取り組んでいるあるものの裏側に、
そういう世界が広がっていることは知っておくべきでしょうね。
久々に読みたくなった・・。
NS

チョコレート 革命

チョコレート 革命

タイトルを見て、
「お、今日は俵万智か?」と思った方、
ごめんなさい。違います。
もちろん、俵さんの短歌集も非常に面白いので、
是非読んでみて下さい。
さて、エジプトが大きく変わろうとしています。
日本人にとっては古代文明でお馴染みのエジプト。
そのイメージが今後少しだけ変わるかもしれません。
ムバラク大統領辞任が決定した日、
祝福ムードで盛り上がる人々の中である人が言っていました。
「革命の中に身を置きたくて駆けつけた。」
大きな変革の渦の中にわざわざ出かけていく感覚は
日本人にはあまり理解できない感覚かもしれません。
デモ=暴動、革命=治安の悪化というイメージも強いでしょう。
もちろんその図式が完全な偏見であるとは言えませんが、
それにしても、日本人にとって「革命」は次元の違う話に聞こえるようです。
エジプトに注目して、革命の意味を考え直してみるのもいいかもしれません。
さて、明日はバレンタインです。
最近では「本命」や「義理」よりも、
「友チョコ」が流行のよう。
そもそもの由来や、「バレンタイン先進国」の形式とは関係なく
独自の文化を発展させた日本。
バレンタインに限らず、日本の文化受容の方法は、
時に予想外の発展につながっていきます。
「革命」は文化ではありませんし、
(一般的な意味では)受容するものでもないでしょうが、
革命や革命を考えることがもし日本で普通になったら、
革命が革命で無くなることもあるのかも知れません。
革命革命言い過ぎ
NS

世界はひとつ。

世界はひとつ。

海洋研究開発機構が10日発表予定の報告によると、
北欧ノルウェー付近北海で海水温が平年より高くなると、
その約10日後に日本に寒波が来るらしいです。
蛇行するジェット気流に乗って・・・。
詳しいことは電子英文誌「SOLA」で確認していただくとして、
今後研究が進めば具体的な数値化も含め、
より実用的なものになることも期待されているそうです。
今年のように大雪が命に関わるような事態を目の当たりにすると、
是非実現してほしいと切に願います。
それにしても、このようなニュースを見ると、
改めて地球は丸く、世界はつながっているのだ、と思わずにいられません。
そしてその世界を縮めたのは間違いなく航空機の発達です。
まさに「その一翼」を担ってきたJALが昨年から整理解雇の問題で注目されています。
そこで闘っている人のコメントを見る機会がありました。
あるテレビ局から取材を受けた時の出来事が印象的でした。
テレビ局側は「2つのシーンを撮りたい」と言って来たそうです。
一つは職業安定所で職探しをしている場面。
もう一つは公園で一人ブランコに乗っている場面。
実際には力強くたたかっている自分たちの姿とは違っていたために、取材は断ったとのことでした。
こんな風に「取材」は行われ、「実態」は「伝えられて」いくのだなあ、と
改めて考えさせられた記事でした。
NS