月別アーカイブ: 1月 2011

チームワーク

チームワーク

しゃ…写メールが
…かわいく撮れたぞ
…いい感じ
…ガッキー風かな?
…暗い青春
どうも、ベッケンバウアーです。
今日は松木さんとセルジオさんに編入試験についてうかがいましょう。
実況「編入試験はいかがですか?」
松木「最高だね。人生変えるチャンスだからね。絶対チャンスをモノにしてほしいね!」
セルジオ「ただね、編入も甘くないですよ。しっかり対策しないと足元すくわれますよ。」
松木「いやぁ、ぐいぐい行って欲しいね!」
セルジオ「当然ですね。気持ちが重要ですね。」
と書き始めてみたものの、いまいちですね。
アジアカップの勝因の一つがチームワークでした。今年の社会学の中ゼミ生を見ていて感じたのも「チームワーク」の大切さでした。今年は例年以上に、受験生どうしが結束し助け合っている印象を受けました。先週も、すでに合格が決まった学生たちが、まだ受験を控えている学生たちの応援のために中ゼミにかけつけてくれました。
編入試験は一般入試と比べると、モチベーションの維持が難しいものです。まわりの友人たちは遊んでいるし、マニュアルも少ないため、途中で「もういっか…」となることが多いのです。
予備校は単に知識を習得する以上の場所だと思います。モチベーションの維持という意味でも予備校の存在は非常に大きいです。もちろん合格は個々人の努力の賜物ですが、今年の社会学編入ではチームワークがそれを後押ししてくれたように思いました。
松木「なんとかなるだろう!」
セルジオ「信じましょうよ」

デンマーク。

デンマーク。

というわけで、学生の皆さんは今頃早稲田で闘ってますね!!
日本もアジアカップを見事制しました。
良い波には関係なかろうと興味なかろうと是非乗っていきましょう(笑)。
何はともあれ、これまでの努力が実りますように!!!
昨年リベルタ出版から出た、
鈴木優美著『デンマークの光と影 福祉社会とネオリベラリズム』が気になってます。
デンマークといえばスウェーデンと並ぶ「完璧な福祉国家」のイメージがあるのではないでしょうか。
この本にはそれだけではないスウェーデンの最近の姿が、
在住している者ならではのあたたかいけれど厳しい視点で描かれています。
タイトルからも分かるように、
デンマークにも新自由主義の波は押し寄せていて、
国際標準化され数値化された基準の下、
成果主義が貫かれた結果、
格差社会となりつつあります。
また、医療面においても、
「医療費無料」の影にあるのは非常に興味深い現実でした。
「国民の健康は国の責任」をうたうデンマークの現状は、
格差社会と言われて久しい日本について、改めて考える上でも必読の書です。
もちろん、面白さという点でもお勧めします。
それにしても、
一歳年上なだけの彼女。
同世代としてかなり尊敬します。
NS

名言

名言

こんにちは。小皇帝バラックです。
先日の日韓戦は白熱でしたね。ドイツファンの自分も思わず手に汗握りました。
何せ韓国チームの中にどうみても井手らっきょさんが!
気のせいですか。気のせいですね。
ちなみに自分の中の永遠の名選手はカール・ハインツ・シュナイダー選手です。
彼が日本戦で発した
「サッカーは、強いものが勝つんじゃない。勝ったものが強いんだ!」
は名言です。間違いない。
あれ、しかもこれ編入にも活用できそう
「編入は、すごい人が受かるんじゃない、受かった人がすごいんだ!」
かっこいい。言ってみたいですね。でも自分でいうのは恥ずかしいから
友達同士でお互い言い合ってみてください。
ちなみに自分がもっともよくつぶやくのは
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄~ッ」

「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ」
うーん二律背反。
そんなわけでインフルエンザがはやっています。無駄かもしれないなんて思わず
にげないでマスク・うがい・手荒いをしてくださいね
さて恒例の編入あいうえお作文
へん・・・変身願望
に・・・にじみ出る私の
ゆ・・・行く末は
う・・・ウルトラCの早稲田社学
明日は早稲田社学の入試です。みなさんの検討をお祈りしています!

最小不幸社会?

最小不幸社会?

だいぶ前の話になりますが、
菅首相が言っていたセリフをふと思い出しました。
「最小不幸社会」
はじめ聞いた時には、
ベンサムの「最大多数の最大幸福」から考えたのかな、
不幸が最小になるのならまあ、いいか、ぐらいに思っていました。
しかし。
よくよく考えてみる何とも志の低い言葉です。
不幸、無くさないんだ。
存在することは甘んじて受入れて、
それを最小限に留めるだけなんだ。
幸福を高らかにうたうことがあまりに理想主義であり、
それからしたら不幸を最小限に留めるほうが、
現実的だと考えたのかもしれません。百歩譲って。
ですがその不幸の中身が今度は問題になってきます。
その不幸が「平等」かどうか。
些か矛盾のにおいがする表現ですが、
常に不幸を背負う人や職業や地域や年齢が決まっていて、
それ以外の人々はそれを見て最小限の不幸であると考える。
それはやはりおかしい。
宮崎での鳥インフルエンザ。新燃岳の噴火。日本海側の大雪。
自然と関わりながら地道に行ってきた努力の結果が、
どうしようもない災害によってあっという間に失われてしまう。
仕方の無いことではありますが、その後にどれだけの補償ができるのか。
救いの無い状況に憤りと、もどかしさを感じながら、
上のようなことを考えました。
本当に、大変です。
日本列島。
東京にいるとその辺鈍感になってしまいがちですが、いやあ、本当に。
NS

盛り上がり。

盛り上がり。

ブログが盛り上がってます!
では、私もあいうえお作文を・・・
とできればいいのですが、
とても自信が無いのでいつもの調子で書いてしまいます。
許してください
大学新卒者の就職率の低さが、今年もニュースになっています。
このこと自体は社会的な問題として、テーマにもなり得ますが、
それと同時に最近気になるのが、内定者の事前「研修」です。
大変な思いをして内定をとった喜びもつかの間、
卒論や修論もそこそこに、
ほとんど無給の状態で朝から晩まで研修をすることも少なくないようです。
もちろん、これから働く職場について知ること、
本格的な社会人になる前にある程度仕事の流れを把握することは、
意味のあることではありますが、
場合によってはそれが「もう一つの最終試験」になることがあるのが問題なのです。
内定という言葉のもともとの意味からすれば、
それが取り消される可能性はあって当然です。
ですが「即戦力」を求めるあまり、
本来であれば企業が担うべき「新入社員への教育」という責任が果たされていないことが
この問題の根本的な原因であることを見逃してはいけません。
早まる就職活動のために学問の追究が犠牲になるのであれば、
せめて企業がそれぞれの将来についてもっと重く考えて欲しい。
そう思うのはもはや時代遅れなのでしょうか。
より理想的な自分に近づける職業に就くために、編入を考える人もいるでしょう。
編入したその先にある道が少しでも充実したものになる日を願って止みません。
NS

編入あいうえお作文②

編入あいうえお作文②

へん・・・片頭痛
・・・・にわか雨より
ゆう・・・憂鬱だ
どうも、ベッケンバウアーです。すっかり定番となった「編入あいうえお作文」ですね。
本日の僕は、片頭痛ではないんですけど、寝違えてしまったのか首筋が痛いです。
皆さん、「寝違え」の原因って「寝相」のせいじゃないって知っていましたか?
「寝違え」の原因って、実は「肝臓が弱っていること」なのです。お酒を飲みすぎた次の朝に生じやすいのですね。気をつけましょう。
受験生は体調管理が大切な季節ですよ。
へん・・・変顔の
・・・似合うあの娘が
ゆう・・・優等生!?
男ってこういうギャップに弱いですよね。
おあとがよろしいようで。

編入あいうえお作文①

編入あいうえお作文①

皆さんこんにちは。小皇帝バラックです。
中ゼミは言わずと知れた編入のための予備校ですね。
そこで今日は「編入」
を使ったあいうえお作文にチャレンジしてみたいと思います!
へん・・・「変な人」って、大学で浮いてる自分
に・・・にっちもさっちもいかない現実
ゆ・・・ゆとり世代と馬鹿にされ
う・・・鬱憤をはらすために編入で人生チェンジ!
こんな馬鹿なことをして何の意味があるのか?と思いもするでしょう。
しかし侮ることなかれ、こういう日々の「言葉のエクササイズ」が小論文では生きてくるのです。
よく生徒の皆さんから小論文について
「どう書いたらいいかわからない」「考えていることがうまくかけない」
と相談を受けます。それはつまり、頭で考えていることを実際に言語のレベルに落とす、
言語化の作業がうまくいっていないということなわけです。
だから常日頃から「言葉を考える」、という頭の使い方をしておくと、
自分の考えやいいたいことをうまく言い表す言葉をさがすことができるようになる、
のではと思ってみたりみなかったり。
というわけでもう一個あいうえお作文
へん・・・・返事だけはいいね、の皮肉にも
に・・・・にこりと笑顔で返します
ゆ・・・・ゆうなれば面接は
う・・・・上に進むための編入の正念場
お粗末さまでした!

いいですよ。

いいですよ。

今さらではありますが、
中央ゼミナールは大学編入や、
大学院入試をサポートする学校です。
「編入」。
中ゼミにいるとまるで編入が当たり前のように思えてきますが、
実際には誰でもが歩む道ではありません。
前人未踏のジャングルが歩きにくいのと同じように、
当たり前でない道を行くことは大変です。
つまり、それだけ障害が多い。
そして、それらを越えた時に得られるものは何物にも変え難い。
入学の相談や、試験前の学生さんと話しをする時に私が思うのは、
未来を切り開きたいという希望と歩きにくい道を進む不安の中で、
「何か」をつかもうとしているみなさんへの敬意です。
編入を考え、それの実現のために動き始める。
日々の少ない時間をやりくりし、努力を続ける。
このことが最終的な合否と同じぐらい、
いや、場合によっては合否以上に、
人生にとって、大きな糧になる気がします。
編入という道で、自分の行く先をみつめ、正面から考えることは、
突き詰めていけば「なぜ、生きるのか」という問いに繋がっていくのかもしれません。
ちょっと感傷的ですかね。
編入、いいですよ
NS

小さな世界と高い壁

小さな世界と高い壁

二重被爆者である山口彊さんが、
「世界一不幸な男」としてBBCクイズ番組内でネタにされ、
BBCが謝罪するという事態になっています。
山口さんは93歳ですでにお亡くなりになっていますが、
その人生が被爆者としてのあらゆる苦痛と共にあったであろうことは、想像に難くありません。
それをネタにするとは言語道断です。
しかし。
この憤りは何から来るのだろう、と考えてみると、
問題は別のところにも向かっていきそうです。
唯一の被爆国で生きている日本人として?
理不尽に未来を奪われるべきではない生き物として?
原爆などというものを生み出してしまう人間として?
全て当てはまるのかもしれませんが、
やはり一つ目に基づくものが大半を占めている気がします。
だとすれば、逆の立場に立って見た場合、
もしかしたら知らず知らずのうちに、
同じようなことをしている可能性があるのかもしれないわけです。
つまり、ある人々にとっては非常に重く深刻なものごとが、
他の人々の中にはそれほど重大なものとは捉えられておらず、或いは捉えられず
理解し合えないまま、溝だけが深まっていく―。
文化や民族性や宗教。
理由は様々に指摘できますが、
もしかしたら上に挙げた「その他の憤り」が、
解決のための重要な手がかりになるのかもしれません。
グローバリゼーション、国際化、ボーダレス。
確かに世界は小さくなりつつあり、互いの境目は曖昧になってきています。
でもそれは部分的な話で、
別の越えるべき壁の高さはどんどん増していっている気がします。
「小さくなっていく」世界で、私たちは何を見て生きていくべきなのか。
もちろんBBCの罪は重いですが、
これをきっかけにして問われる問題は少なくないようです。
NS

路線図を眺めて

路線図を眺めて

東京都葛飾区の京成高砂駅と千葉県印西市の印旛日本医大駅を結んでいる、
北総鉄道北総線という電車があります。
ホームに陣取って写真を撮ったり、「ラスト・ラン」を見に行ったりするほど、
ちゃんとした「鉄子」ではありませんが、私も電車は好きです。
路線図を眺めてニヤニヤしたり、
海外に行くときは使う予定もないのにトーマス・クックの時刻表を持っていったり・・・
という程度には。
上記の北総線も、実際に乗ったことはありませんが路線図の中では親しみのある路線です。
その北総線で今困ったことが起きています。
昨年7月に成田への便をより良くしようという目的から「成田スカイアクセス(京成)」が開通し、
スカイアクセスは北総線の線路を使用することになりました。
それに伴い北総線自体の運賃も値上がりしました。
しかしその結果、全体の7割近くの北総線が以前よりも長い時間をかけて走ることになりました。
つまり、前よりも高い値段で前よりも長い時間をかけて移動しなければならないのです。
これは長い距離を短い時間で結ぶため、
多くの駅を通過するスカイアクセスとのバランスをとるために、
各駅停車の北総線が本数を減らされ、通過待ちを余儀なくされた結果です。
結局、沿線に住む人々の日常の足を奪うことで成田は近づいているわけです。
これは何も北総線に限ったことではありません。
大々的に開通した新青森までの東北新幹線の裏側や、
部分的であれ在来線と線路を共用するタイプの新幹線でも同じ事態が起きています。
交通網の発達は日本国内の距離を縮め、
「大事なもの」を迅速に届けることで日本の発展に寄与してきました。
しかしその一方で、本当に必要としている人々の動きを鈍らせ、
小さな村や町の衰退も引き起こして来たことも事実です。
とは言え、早く成田につけるのは便利だな、とも思います。
問題は、
「誰のために何を優先すべきで何を犠牲にするのか」
が曖昧なまま、慎重さを欠いた議論のみで、
一方的にあらゆるものが決まっていくこの国の政治のあり方そのものなのでしょうね。
NS