カテゴリー別アーカイブ: 社会学について
須藤凛々花(NMB48)と社会学者の堀之内さんの対談による哲学本は、編入社会学の勉強にもなります。
孤島出身の与田さんがセンターに。
西兼志『アイドル/メディア論講義』東京大学出版会2017年
県民性の研究。
クールジャパンの研究。
社会心理学も社会学科でやります。
ジャイアンツの13連敗が話題になりました。読売新聞の社長は、文学部出身者が多いです。
ファッション文化の研究。
マクロン夫妻もトランプ夫妻も24歳差の年の差夫婦。
恋愛の研究。
マックス・ウェーバーとエミール・デュルケム。
アニメ、マンガも社会学部でどんどん研究されていますよ!
観光の研究も社会学部でできますよ。
プレ学期「社会学・学際論文の書き方」第五回目は、構築主義、ロマンティックラブイデオロギーなどを学びます。
社会学が分析対象とするメディアは白書、新聞、日記、手紙、古文書から、マンガ、アニメ、ラノベ、ファッション雑誌、アイドル雑誌、ドラマ、映画までなんでも。
社会学は社会の見えない構造を明らかにする学問で、
ありとあらゆるものを題材として社会の見えない構造を
解き明かそうとする学問です。
その際、扱う資料は古文書、国家の公文書、裁判資料、古い新聞から、
マンガ、アニメ、ケータイ小説、アイドル雑誌、ブログまでなんでも
題材にできます。
マンガ、
アニメ、
ライトノベル、
ケータイ小説、
映画、
ドラマ、
女性雑誌、
モデルのスタイルブック、
ファッション雑誌、
アイドル雑誌、
SNS、
ポスター、
広告、
などの分析も社会学では得意とするところです。
社会学は固いものからやわらないものまで
なんでも研究の対象にできるのも魅力のひとつです。
例えば、
講談社現代新書から刊行されている『ヌードと愛国』というおもしろい本は、
女性の社会人大学院生が、7枚のヌード写真を分析し、
日本のナショナリズムを解き明かした研究書です。
このように社会学はなんでも題材にして社会の見えない構造を分析するおもしろい学問です。
社会学の研究の題材は、近代化、共同体、格差、労働、政治、科学技術、疎外、ジェンダーなどから、アイドル、宝塚、ジャニーズ、プロレス、マンガ、アニメ、エロティシズムまで自由自在。
社会科学(政治学、経済学、法学、社会学など)は、社会の見えない構造を明らかにする学問です。
政治学は、政治現象を通して社会の見えない構造を明らかにしようとし、
経済学は、経済現象を通して社会の見えない構造を明らかにしようとし、
法学は、法現象を通して社会の見えない構造を明らかにしようとします。
政治学、経済学、法学などは扱う対象が限られています。
しかし社会学は、社会の見えない構造を明らかにするために、政治も、経済も、法律も、
アニメも、マンガも、ドラマ、映画、雑誌、宗教、スピリチュアル、アイドル、プロレス、宝塚、歌舞伎、
呪術、エロティシズム、科学技術、動物、昆虫、食事、ホストクラブなどなんでも研究の題材にします。
社会学は非常に柔軟で間口が広く、おもしろい学問です。好奇心が旺盛な人にむいている学問です。
近代化、少子化、格差社会、情報社会、大衆社会、労働、疎外、官僚制といった題材から、
プ女子ブーム、パンケーキブーム、アニメの聖地巡礼、パワースポット、アイドルの握手会といったことまで
何でも社会学の題材になりますよ。
好奇心が旺盛なみなさん、中央ゼミナールで社会学を勉強して、いわゆる一流大学を目指しませんか?
以上、社会学スタッフのミルマスカラスファンでした。
蝙蝠(こうもり)という曖昧な存在と社会学。
こんにちは、赤い実です。
GWも後半ですね。
とはいえ、前半別にこれといって特別なことはしていないので、
後半と言われてもまあ、カレンダー的なものでしかないのですが。
そして、お分かりのように、中ゼミにいます。仕事、してます。でも文句ではないんですよ。
連休明けから校内生の個別面談も解禁になるので、その前に、いろいろやっておきたいことがあったわけなんですね。
でも、まだまだ入学申込み受付中です。
HPやパンフレットだけを見ただけでは分からないこともあると思います。
是非、お気軽に足を運んでくださいね。
突然ですが、私、野生の蝙蝠に指を咬まれたことがあります。
日本で、しかも東京で。
細かい経緯については省略しますが、まあ、好きで咬まれたわけではありません。
素手でそいつをつかまなければならない状況になってやむを得ずつかんだわけですが、
そいつにとっては敵に思えたのでしょう、手のひらに足(?)の爪を立て、指を咬んできました。
痛かったですがそれだけで、その後も、別に血を欲したり、
夜がとりわけ好きになったりすることはありませんでしたが、
結構珍しい経験をしたかな、と。
で、蝙蝠で思い出すのが、イソップ物語に出てくる蝙蝠です。知ってます?
要するに鳥類にも哺乳類にも見える蝙蝠が、イタチから逃げる理由として、都合よくどちらにもなる、という話です。
この話からは二つの教訓が読み取れるようです。
①相手によって言うことを変え、上手く立ち回るべし
②言うことを二転三転させていると、信用されなくなって、一人ぼっちになりますよ
イソップ童話的には②の要素が強いのかな、と思いますが。
いずれにしても(あるいは一歩間違えると)蝙蝠は悪者ですよね。
卑怯で、孤独になっても仕方のないやつ、ってな感じで。
でも、私はそれをペロッと丸ごと受け入れる気持ちにはなれないんですよね。
イタチへの態度の変わりっぷりは(非常に政治的で)到底受け入れられないのですが、
曖昧な存在のしかたに対する排除の眼差しには、「待った!」と言いたい。
どっちつかずを頭ごなしに否定してしまうと、社会はとっても乾いてしまう。敵と味方に分かれてしまう。
生きていく上で二つのうちいずれかを選択しなければならないタイミングは山ほどありますよね。
でも、それをすぱすぱ決めていくことに価値を置き過ぎるのはいささかさびしい。
迷い、苦悩し、葛藤し、失敗してまた迷う。
そのような状態にある時、人は「どっちつかず」になっています。
例えば夕飯に何を食べるのかなどは、とっとと決めろ、って話ですが、
人生やアイデンティティ、信教や命に関わる場面になってくると、
年単位、世代単位でどっちつかずが続く可能性があります。
それによって傷つく存在がいるのであれば、個人レベルではない総合的な支援が必要になってくることも。
社会学ではこのような曖昧なあり方、ゆらぎも研究の対象にしていきます。
どうして決めないの!!
の前に
なぜ決められないのか?
を見つめる、そういう学問です。優しいよね。
長々と読んでくださった皆さん、ありがとうございます!
社会問題の犯人。
こんにちは、赤い実です。
ようやく気温が上がってきて、
馬鹿みたいに冷える私も生きやすくなってきました。
でも、調子に乗ってすぐ冷房を入れる電車は信じられない!!
こんな時期から使ってて節電も何もないだろっ・・・っていうね。
服装で工夫を、という季節にしましょう、春は、特に。
前置きが長くなりました。
中ゼミは明日で開講一週間。
今日の授業で全ての授業が開始することになります。
でも!!
まだまだ入学は大丈夫です。
日曜日の説明会もまだ開催しています。
説明会は編入試験や大学院試験について全般的な話をしています。
ですので、まずは情報収集を、という感覚で来ていただければと思います。
さてさて。
少子化は社会学系の学部学科でも出題されやすい問題です。
そして社会学的にはジェンダーバイアスや
新たなコミュニティのあり方からその解決の方向性を見出していくことが多いわけですが、
最近、そういう社会学のアプローチの方法から離れて、
完全に自分勝手に考えていることがあるのですが・・・。
社会学で考察するような社会環境的な要因によって子どもを持つという選択肢を失った場合、
子どもという存在を介して生まれるつながりや価値観も影響を受けると思うんですよね。
もちろん、子どもを持つことが何よりも大切だということを言ってるのではありません。
ただ、子どもを持てないことは持てないことそのもの以上に、
さまざまなものを滞らせると思うのです。
そしてそれは作戦ではないかと、過激に思ったりするわけです。
それはつまり・・・
子どもを持ちにくい雇用や賃金システムを作る→子どもを産まない現役世代を増やす
→つながりを喪失させ、重要な価値観をあいまいにさせ、さまざまな次元での分断を図る
→自分のことで精一杯の状況を生み出す
→知らぬ間に人々にとって重要な取り決め(社会福祉的なものとか)をしれっと決めちゃう
→さらに子どもを持ちにくい社会にする
・・・ということでね、ほら、全てつながってくるんですよ。
強引かもしれません。
でも、一人一人の人間が大切にされるという国のあり方が
史上まれに見るほど激しく軽視されていることは間違いなく、
よくよく考えてみると、今ある社会問題はすべて、そういう構造を内包していると思います。
ああ、長い。
でも、現代を生きる人間には大切な視点だと思います。
メディア。
こんにちは、赤い実です。
先日は開講式への多数のご参加ありがとうございます。
みなさんのやる気に満ちた雰囲気に、
私たちスタッフも気持ちを新たにしました。
これから、よろしくお願いします!!
明日19日からはいよいよ授業が本格的に始まります。
社会学系統の学生さんはいきなり専門英語と専門論文の授業ですね。
はじめは緊張でいっぱいかもしれません。
思うように答案もつくれないかもしれません。
学校や仕事などとの両立も大変だと思います。
それでも、続けられれば、道は開けます。
スタッフみんなで応援しています。
最近、手塚治虫のアトムというキャラクターへの思いを知る機会がありました。
アニメ版の主題歌には「科学の子」とアトムを表現する部分があります。
科学技術の究極の形である原子力を
あたかも礼賛するようなアニメの中のアトムに、
手塚氏は困惑していたようです。
メディアは形が変わると生みの親でさえ裏切ります。
多様なメディア社会で我々はどうそれに向き合っていくべきか。
これも社会学の立派なテーマですね。
・・・なんかいつも同じようなネタですね。
次は変えるよう努力します。