心理学の研究(その1)

研究は地道な作業ですが、驚きや発見にも満ちています。今回は、心理学における発見のエピソードを紹介します。
臨床心理学の隣接領域に発達心理学があります。発達心理学を勉強した方は「視覚的断崖 visual cliff」の実験をご存知でしょう。簡単に説明します。高さ1メートルの断崖をつくり、人が乗れるくらい丈夫で透明なガラス板を渡します。一方の岸にいる幼児(6ヵ月)に、もう一方の岸から母親が呼びかけます。さて、幼児は母親の呼びかけに応じてガラス板の上をハイハイしていくでしょうか? 幼児は、崖から落ちることを怖がって母親の方へ行くのを躊躇したのです。生後6ヶ月の幼児は、教えられずとも奥行き(深さ)を知覚(弁別)していたのです。このことは、ヒトの幼児だけでなく、ニワトリ、ヤギ、ネコの幼体にも共通して見られる事実でした。発達研究のみならず知覚研究にも大きな影響を与えた発見です。エレノア・ギブソン Elenoar J. Gibson が視覚的断崖の実験を考案するまでには、様々な偶然と苦難の日々がありました。
1930年のある春の日のこと。スミス・カレッジがガーデンパーティーを主催した夕方、突然大雨が降りだしました。雨宿りをしていた学部学生のエレノア・ジャックは、そこでジェームズ・ギブソン James J. Gibson と出会います。後にアフォーダンス理論を世に問うことになる若きジェームズは、スミス・カレッジの教員としてパーティーに駆り出されていたのです。しばらく雨宿りをした後、ジェームズは、自慢のT型フォードでエレノアを寮まで送って行きました。この出会いをきっかけに、エレノアはジェームズが担当する実験心理学の授業を履修し、研究者への道を歩みだすのです。修士課程でジェームズに師事したエレノアは、間もなくジェームズと結婚します。その後、彼女は、イェール大学で博士号を取得し、母校のスミス・カレッジに助教授として迎えられます。女性に好意的なスミス・カレッジという環境でエレノアの研究生活は順風満帆でした。
新進気鋭の実験心理学者として有名だったジェームズは、国内外の大学から引く手数多でした。既にスミス・カレッジから終身在職権を得ていましたが、よりよい研究環境を求めて名門コーネル大学の招聘に応じます。ただし、ネポティズム制を採用するコーネル大学では、原則として夫婦のどちらかしか教職に就くことができません。スミス・カレッジで享受していた夫婦の研究環境は、ジェームズのコーネル大学教授就任とともに失われてしまったのです。
エレノアの苦難と視覚的断崖の発見までのお話はまだまだ続きます。少々長くなりましたので、本日はこれにて。次回、続きをお楽しみに☆☆(早く知りたい人は『アフォーダンスの発見』を読まれたし)。 By 福来悶

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