「法学に正しい答えはありません。」

こんにちは、法学系のスタッフのDMです。

--法学を勉強して何が面白いのですか?

この質問は、先週、入学相談のために来校された学生Aさんから自分が受けた質問です。

その時にどのように自分が答えたのか、一言一句間違えずに書き起こすことは難しいですけれども、言ったことはだいたい次のとおりです。

・法は「人間関係」そして「社会と人の関係」を調整する規則の束で、この規則の束は文字で表されているから、文言を解釈する作業しかない。それゆえに、「合理的な解釈とは何か」を宗教論争のように論じ続けている。

・このような規則の束すなわち法を学問とすることは、人のあり方や社会のあり方を根本から理解しようとするものである。そして、合理的な解釈は、人や社会のあり方を考えながら行うことで血の通った主張に変化していく。

・面白いと感じる瞬間は、そう度々遭遇するわけではない。けれども血の通った主張を法の文言を使ってできるようになり、自分が学んだ法のあり方を活かしてトラブルを解決できたとき、それはまるで火事場で「法」が自分に乗り移ってその火を消し去るような、何とも言えない至福、満足感を経験する。何でもできる万能の神様に自分がなったかのように思える瞬間に出会える。これが面白い。

・一度この面白さを経験すると、さらに法を深く探究したくなる。もしこの面白さを経験できず、法律用語を詰め込むように覚えるのであれば、自分は法学を勉強することが嫌になっていたと思う。

・おそらくこれは学問全体にも言えることで、この学問の面白さを経験したら、それはある種の中毒者となり、やめられなくなる。そして自分は実際にやめられなくなっている。

さて、この学生さんは「法学を知らないけれど」と前置きしたうえで、どんな学問でもそれは変わらない気がすると言うので、自分が言わんとしたことは、分かってくれたのではないかと思います。入学してくれるかどうかは不明ですが、自分にとっては学問とはそういうものではないかと改めて感じました。

そこで、今日の一言。

「法学に正しい答えはありません。」

正しい答えを探すように勉強することは、資格試験でない限り効率の悪い勉強方法です。なぜなら、インプットした知識を精確にアウトプットできるかどうかをテストされたって、それは正常に動作する機械かどうかをテストすることと変わらないからです。編入試験は、皆さんの論理的思考を修得できるかという素養を見ているのであって、皆さんが精密な機械かどうかをテストしているのではないはずです。

正しいように思える答えを示せること、それが論理性のある文章であり、論理的思考の修得です。このような自覚をもち、その対象として法学・法律学を選び自分は編入学したい、そしてそんな学生を受け入れたい。法学系の編入学において需要と供給が均衡する点は、実はこんなところにあるのかもしれません。

なお、本文はスタッフDMの個人的な見解です。